例えば貴方が堂々と他の女の香水を纏って「俺は海の男なんだから女を買ってなにが悪い」と偉そうに宣うような男だったら、わたしはその横っ面をひったたいてそんな男はこっちから願い下げよ。と言えたのに。
例えば貴方が本当にどうしようもない馬鹿で「こ、これは違うんだ!」と必死に弁解するような男だったら、やっぱりわたしはあなたの頬を2、3発張り倒してこの最低男と怒鳴り散らせたのに。
例えば貴方がどうしようもないクズで「それがなんだ」と開き直って平気で他の女を抱くような男だったら、わたしはその股関を思い切り蹴りあげて死ねと罵声を浴びせることができたのに。
貴方は偉そうでも馬鹿でもクズでもなくて、他の女の香水を纏って帰って来ることも、必死に弁解することも、開き直ることもしないから。わたしは貴方の右腕に捕らえられたまま。呼吸すらままならず、ただ溢れそうになる涙を堪えて喘ぐだけ。ああ、本当の馬鹿はこのわたしなのだ。

あなたになにもいうことができなくて

彼はわたしを、愛している。それは紛れもない事実で、事実だからこそわたしの首を締める。彼の熱がわたしを貫く度に、わたしは喉を反らして喘ぐけれど、いったい何人の女があなたのその欲に塗れた獰猛な獣に成り下がった瞳を見上げたのかしら。今となってはもうどうでもいいのだけれど。あなたは絶対にわたしに他の女を抱いたとは悟らせない。その残り香さえ綺麗に抹消して、本当になんにもなかったかのようにわたしに愛を囁くの。「愛してる」「お前だけだ」ってね。
例えばわたしがもう少し素直な女ならば、きっとわたしだけを見てって泣きながら彼の胸に縋ったのでしょうね。
例えばわたしがもう少し美人ならば、自信に満ちた笑みを浮かべてあなたを満足させられるのはわたしだけでしょうと彼の首筋を指でなぞったのでしょうね。
例えばわたしがもう少し計算高い女なら、あなたの浮気現場をおさえて逃げ場も封じて土下座のひとつでも要求したのでしょうね。
だけどわたしは素直でも美人でも計算高くもないから、あなたに捨てられるのが嫌であなたに見放されるのが怖くて、今日も曖昧に笑って浅ましい嬌声をあげる。そんなわたしをあなたは愛しそうに抱くのだから、もうどうしようもないわね。

それでもわたしは足掻いてみる

わたしの腹に巻き付く彼の腕にそっと手を添え、すやすやと寝息をたてる彼の腕の中から抜け出す。床に散乱した衣服を身につけ、静かに部屋を出る。誰もが寝静まった甲板に出て星を見上げれば、冬島に向かっているからか吹きすさぶ風が冷たい。嫌がおうにも熱を持て余した身体を鎮めるにはちょうどいい。空気が澄んでいるからか、いつもより星が近く感じた。

「風邪引くぞ」

嗅ぎ慣れた煙のにおいが鼻をかすめると同時、肩に軽い重荷がかかる。

「ベック、」

羽織らされたコートはベックのものなのだろう。彼のにおいがすぐ傍で香って酷く落ち着く。

「今日は星が一段と綺麗ね。海も好きだけど、やっぱりわたしは空の方が好きかもしれないわ」

いつもより饒舌なわたしに何を感じたのか、ベックはわたしの肩を優しく抱き寄せ煙草の煙を細く吐いた。暗闇の中を泳ぐ煙の白が目にしみる。じわり、滲んだ視界に、つんと鼻の奥が痛くなる。そんな卑怯な涙は必死に呑み込み、顔をあげる。

「月が綺麗だな」
「え?ベック、何を言ってるの?今日は新月じゃない」
「いや、月が綺麗だ」

いくら見上げても月の姿はどこにもなく、いつもより明るい星が夜空を彩るだけで。もしかしたら彼は酔っているのかもしれないなんて、彼が酔っているところなんて今まで一度も見たことがないのだけれど。

それなのに埋まることはない

部屋へと戻るため冷えた廊下を歩く。肩にはまだベックのコートを羽織ったまま、ベックの香は昔から変わらない。その温もりにじんわりと胸を熱くさせながら自室に続く廊下を曲がった瞬間、ひゅっと息が詰まった。わたしの部屋の前で壁に背を預け佇むその姿に、ぞくりと背筋を冷たいものが這う。その赤髪を揺らしてわたしを認識した彼はへらりといつもの掴めない笑みを浮かべた。

「どこ行ってたんだ?」
「…ちょっと、夜風に当たりたくて」
「そうか。夜風に当たるのは別に構わないが、何も言わずいなくなるなよ。心配するだろ?」
「…ごめんなさい、よく、眠っていたみたいだから」

彼とわたしの距離が縮むことはない。彼の瞳を見ることができなくて、斜め下を見ながら呟くように応えた。別にやましいことなんて何もないし、ただ本当に夜風に当たっていただけなのに、なぜか彼の瞳が見れない。いつもとなんら変わりない彼の姿に、ぞわりと肌があわだつ。ふと視界に影がさしたかと思えば、するりと彼の右腕が上がり、わたしの髪を梳く。ただそれだけの行為に、まるで心臓が鷲掴みにされたような恐怖が全身を襲う。

「ベンに会ったのか?」
「…えぇ、たまたま甲板にいたみたい」

彼の瞳は相変わらずわたしに対する愛をたたえたまま、けれどその色が一気に獰猛な獣のそれに変わる。彼の体が覆いかぶさるようにわたしをとらえ、彼の右腕がわたしの後頭部をおさえる。噛み付くなんて甘いものじゃない、まるで全てを喰らい尽くすかのような荒々しい口づけにまともに息が出来なくなる。本能のままに咥内を蹂躙され、はくはくと酸素を取り入れようと喉を反らせば余計に蹂躙は酷くなるばかり。口づけをしたまま器用に部屋の扉を開けた彼はわたしを解放することなく、そのままベッドに押しつけた。そこからはもう、獣の時間。彼の熱が身体中を這い、彼の楔がわたしを貫く度に頭がぐちゃぐちゃになる。いくら嫌と声をあげようと、彼の名を呼び制止させようと彼の律動は止まらない。ただただ荒い息を吐いてわたしを犯すだけ。なぜ、どうして、痛い、苦しい、様々な感情が波のように押し寄せ頬を濡らす。

「シャ、クス…ッ」

いくら彼の名を呼ぼうがいくら彼の熱を受けとめようが何もわからない。体は繋がっていても、心はいつだって置いてけぼりのこの行為に、もはやなんの熱も感じなくなっていた。

この透き間がかなしい


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