目の前で書類に顔を突っ込んで声にもならない呻き声をあげてる女が可愛すぎて死にそうなんて、俺は何かの病気にかかったのかもしれない。エースより前にこの船に乗っていたコイツを妹から女として意識するようになったのは随分最近のことだ。きっかけなんか覚えちゃいないが、ただひたすらにコイツが愛しくてたまらなくなった。他のクルーと話してりゃ嫉妬に狂いそうだし、俺の作った飯を無心でむしゃむしゃ食う姿に胸は高鳴るばかりだし、本当に有り得ねえ。おかげで最近じゃ島に降りて娼婦買っても勃たねえし、右手が恋人というなんとも寂しい男になり下がった訳だ。
「う”ーあ”ー」
山のような書類に顔を突っ込んでペンを握り締めるその姿はもう大分見慣れたもの。部屋でやればはかどるだろうに、コイツは誰かしらいないと仕事に集中できないからといつも机仕事は食堂で済ませている。それにしてもこの書類の量はなんだ。こんなん初めて見た。マルコの奴押しつけすぎだろ。コイツの直属の上司である馴染みの顔を思い浮かべながら、後で釘をさすことにする。
「随分お疲れみたいじゃねえの」
こつりとコーヒーが入ったマグを目の前に置けば、彼女はがばりと顔を上げてへらりと笑った。
「サッチだー」
ありがとー、とへらへら締まりない笑みを浮かべてお礼を言うコイツは文句なしに可愛い。だがただ和んでられない事態を目にして思わず眉間に皺が寄る。
「どうしたんだよこの隈、寝てねえのか」
彼女の目の下にくっきりと存在を主張する隈は彼女がしばらく睡眠をとっていない証拠。思わずその隈に手を伸ばしなぞっちまうほどにひどい。
「あ”ー、うん。ちょっとヘマやらかしてその処理が、ね」
力なく苦笑するその姿は痛々しい。とんでもない庇護欲に駆られ、頭の中に浮かんだ半目の鳥野郎をとりあえず殴っといた。
「仕事すんのも大事だけどよ、とりあえず寝ろよ。そんなんじゃはかどるもんもはかどらねえだろ」
「まあ、そうなんだけどね、あとちょっと」
俺の提案に申し訳なさそうな顔をした後、彼女はマグを手に取った。心配でしかたない俺をよそに、彼女はコーヒーの香りを楽しむように口に含み、その相貌を緩めた。
「んー、おいしい。さすがサッチだね。目ぇ覚めたよ」
へらっと笑う彼女の姿に胸の内に愛しさがこみ上げる。抱き締めるかわりにぐしゃぐしゃと遠慮なく頭を掻き混ぜてやれば、わ、わ、とバランスを崩すコイツ。平衡感覚が鈍るくらい寝てねえらしい。無理にでも部屋に運んでやることは可能だが、コイツはそれを望んじゃいないだろうから、ひと段落つくまで見守ることにする。
「あ、そうだ」
コーヒーを楽しんでいた彼女がはっと顔をあげ、机に寄りかかる俺を見上げる。ん?と我ながら優しい声で先を促せば、彼女はへにゃりと破顔する。
「誕生日おめでとーサッチ」
たまらずその細い身体を抱き締めた俺はやっぱり病気かもしれない。
ぼくだけが愛してる
それでもこんなに満たされてるんだからな
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120324 ハピバサッチ!