頭が酷く痛む。後頭部を掴む彼の手は顔を上げようとするわたしの動きを全て封じていた。視界に映るのは歪む浴槽の底。開いた口からだらだらと零れていく泡。もがくような醜い自分の呻き声だけが、どこか遠くで響いている。肺の中の空気は底をつき、鼻から入った水のせいでずきずきと頭が痛む。しかし今はその感覚すらもぼやけ始めていた。
苦しい、といくらもがいても彼はわたしを解放してくれない。もういいやと意識を飛ばそうとしたところで、掴まれた髪を乱暴に引っ張られ、ぐっと首がのけぞった。
諦めかけていた思考とは裏腹に、本能が鼻と口の両方から酸素を貪る。再び訪れた呼吸の感覚に、ごほごほと激しくせき込んだ。体全身はだるく、眼球も痛い。後ろでひとくくりにされている手首がみしりと軋んだ。

「苦しい?」

わたしの髪の毛を掴んだまま、へらへらと口元を歪ませ佐助は首を傾げる。その瞳は鋭い色でわたしを貫いていた。口端から垂れる涎や水も拭えず、豹変した佐助の瞳を見つめ返す。怯える瞳が気に食わなかったのか、佐助は強引にわたしの髪を引き、無理矢理己の方へ向けさせた。

「がっ…は、」
「ねえ、苦しい?」

目の前に迫った佐助の口元は愉快そうに歪な弧を描いている。細められた琥珀色の瞳にはぐしゃぐしゃになって震える自分が映っていて、思わずぎゅうっと目を閉じた。

「ねぇ、それとも悲しいの?辛いの?泣きたい?死にたい?」

ともすればキスするような距離で、佐助は狂気を含んだ声色で淡々と尋ねる。そのどれもに僅かに首を横に振って応えれば、がつりと佐助の拳がわたしの頬をタイルの床に叩きつけた。
まるで人形のようにしなる身体と強かに打ち付けた側頭部。ちらりと視界の端に滲む赤が見えて、頭を切ったのか、なんて他人事みたいに考えていた。
佐助はまたわたしの髪を掴み、無理矢理身体を起こさせる。じんじんとした鈍痛だけが、頭をぐるぐると駆け廻っていた。

「ねえ、痛いでしょ?」

そっと優しく、壊れ物を扱うみたいに佐助がわたしを包む。回された腕はわたしの背中をそっと支え、頭を優しく撫でて髪を梳く。耳元で囁かれる声は、とても優しい声色。まるで親が自分の子を慈しむ時のような、そんな温かささえも感じられる声で。

「俺様はね、もっと痛かったよ」

ぐりり、と頭の切り傷を佐助の爪が抉る。

「あ゛ぁああああ゛あぁあッ」

例えようのない激痛が全身を駆け抜け、濁点にまみれた声とも呼べない音が喉からあふれ出す。溢れた涙が頬を伝う感覚すらも、痛みに変わる。佐助は痛みに我を失いかけるわたしの後頭部を容赦なくつかみ、再び浴槽に張られた水の中へと押し付けた。
開いたままの口から水がだばだばと胃に直接流れ込み、傷がじんじんと痺れる。
滲む視界と霞む思考の中。
うなじに優しく落とされた口唇の感触を最後に、わたしはそっと意識を手放した。








聞き慣れた低い声が、わたしの名を呼ぶ。ゆさゆさと体を揺さ振られ、痛む頭を抑え、無理矢理目蓋をこじ開けた。
途端に視界に映ったのは、酷く焦ったような、苦しげな表情を浮かべた佐助だった。
瞬くなり、ぎゅうと優しく力強く抱き締められた。何度も何度も繰り返し耳元で名前を呼ばれる。後頭部と背中を支える腕は酷く温かい。切羽詰まったような声で名を呼ばれ、ぼんやりと周りの景色に目が追い付いた。

「よかった!本当によかった…!帰って来たらここで倒れてるんだもん…!…このまま目が覚めなかったら、俺どうしようかと…っ!」

心底ほっとしたような、若干涙混じりの声が耳元で響く。ぎゅっと、抱き締める腕の力が強くなりぼやけてた思考と記憶がクリアになる。ああそうだ、わたし、佐助に、さっきここで。

「誰にやられたの?名前は?顔は覚えてる?」

ふわりと優しく頬に手を置かれ、佐助の琥珀色の瞳が力強くわたしの瞳をとらえる。その瞳に、さっきまでの狂気と淀みはない。そんな、まさかと青ざめるわたしの体をもう一度強く抱き締め、佐助はわたしの耳元でそっと口を開いた。

「大丈夫だよ、俺様が守ってあげるからね」





はじめての××




アンケ:佐助でDV
DVの記憶がないとか、怖くないですか。

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