わたしにとっての絵画は自慰行為に酷似している。外には吐き出せない感情、想い、熱情劣情欲望その他諸々を筆にのせて色を綴る。ときに濁流のように激しく、ときに緻密なまでに繊細に。下書きなんて必要ない。ありのままのわたしを描くだけ。そうして自己の感情を絵の中にぶち撒けて発散する。汚いものはすべて絵の中に閉じ込めてしまえばいい。ほんの一時の快感に身を任せて背徳とほんの少しの罪悪感にも似た感情を振り払ってその行為に没頭するのに、達してしまえば言いようのない虚しさが残る自慰。わたしにとっての絵画がそれだ。全ての欲望を絵に閉じ込めて自己満足に浸る、なんの産出性もない無駄な行為。
青い絵の具ののった筆を放り投げれば、からんと小さな音がして美術室の床に落ちる。茶色一色だったこの床も、わたしが入部してから随分といろんな色にペインティングされてしまった。
椅子の背もたれに背中を預けて、ふうと息を吐く。頬を伝った汗が首元へと流れていく。火照った身体がどうにも熱い。

「いやはやこれはまた見事だな」

燃えるような夕焼けに肌を染めて、いつの間に部屋に入ってきたのか顧問の松永がぱちぱちと粗末な拍手を投げて寄こす。

「別に、出展するために描いてませんよ」
「ああ、これを人の目に晒すのは、どうにも惜しい」

両手を後ろで組んで、音もなく優雅に近づいてくる先生はわたしのキャンバスを覗きこむとふむ、と顎を撫でた。

「これはまるで君の生き映しだな」
「抽象画が、ですか?」

かたりと立ち上がり、もう元が何色だったかもわからないほどに様々な色で埋め尽くされたパレットをつかむ。蛇口から出て来る水で顔を洗い、パレットを水に浸した。

「稚拙な快楽にしがみ着き、淫らに喘ぐ卿そのものだ」

くつくつと喉奥で低く空気を震わせる松永の声はとても機嫌がいい。どうやら今回の絵は先生のお気に召したようだ。そりゃどーも、とだけ告げてパレットの絵の具を乱暴に落とす。

「愚かなまでに扇情的で、人間の欲望を最大限にまで引きだしているというのに、セックスを知らない子どものようなあどけなさと無垢で穢れを知らない純真さとを失わない」

絵を真っ直ぐ見詰めたまま、松永はさも愉快そうに瞳を細める。
筆とパレットを適当に片づけ、机に放置していたスカーフを巻きなおす。見れば自分の手がまだ絵の具で汚れていた。もう一度水道に向かおうとした肩を掴まれ、窓から差し込む夕陽が遮られる。

「これだから卿はやめられない」

とさりと軽い音をたてて、硬い机の上に押し倒された。今しがた結んだばかりのスカーフを片手でしゅるりとほどいてみせ、制服の間から覗く鎖骨に吸いつかれる。

「せんせ、ここ学校」
「たまには趣向を変えてみるのもいいだろう?」
「…あくしゅみ」
「褒め言葉として受け取っておこう」

くつくつとまた喉を震わせた先生の首に腕を回してぐいと引き寄せれば、食むような口づけがわたしを犯す。
硬く冷たい机の感触と先生の舌の熱さに酔いしれながらうっとりと瞳を閉じた。


愚行
愛おしくて、愚かしい



110415