膝を抱えて見えたものは自分の爪先だけだった。
暖房器具を一切つけていない部屋で膝を抱えて丸くなる。吐く息は白く、指先は凍っているかのように冷たく半分感覚がなかった。
冬の夕焼けは燃えるように赤い。空での大火災は、多種多様な瞬間の命を持て余す色で満ち溢れている。何度も何度も色を重ね塗り潰された赤の先には沈みかかった太陽。部屋に射し込む陽の光はすべてを赤く染め上げる。
こうして自分の殻に閉じこもってしまえば世界はとても狭くてどこまでも閉鎖的だ。裸足の爪先は青いペディキュアがはがれかかっている。夏の遺物だ。
そういえば彼の手はいつも冷たい。冷え症なのだと言っていた。夏でもひんやりとしたその手に頬を寄せるのが好き。わたしの手はいつも温かいから、彼の冷たい手がわたしに触れると全然違う温度が次第に溶けあって同じ温度になる。それがひどく愛おしかった。ふと白い自分の指先を見つめる。今なら彼と同じ温度かもしれない。
ふうとひとつ息を吐き出す。白い息が、静寂に埋もれた部屋に溶けて消える。
不意にかちゃりと鍵の開く音が響いた。もうすっかり暗くなって赤の欠片が僅かに残る部屋に人工的な明かりが灯る。彼の琥珀色の瞳が、わたしをとらえ大きく見開かれた。

「びっくりした」
「驚かせたくて」

彼はマフラーを取り、荷物をソファの上に置くと、ベランダの窓の傍で膝を抱えるわたしの元に歩み寄る。

「どうしたの?」
「さすけ、だっこ」

座ったまま両腕を広げて彼を見上げれば、彼は驚いたように目を丸めてそれからふっと優しく息を吐いた。そうしてしゃがんでわたしを軽々と持ち上げてしまう。

「こんなに身体冷やして。お馬鹿さん」
「さすけ、今日は一緒にお風呂入るの」

お姫様だっこみたいな横抱きじゃない。本当に子どもを抱っこするみたいな抱き方。
優しく細められた琥珀色がわたしを見つめる。外にいた佐助とわたしの体温はあまり変わらない。ほんの少しだけ、彼の方が温かいかもしれない。
冬の夕焼けみたいに赤い彼の髪に頬を寄せる。ほんのりと煙草の香りがした。

「うん」
「一緒にテレビ見て一緒にみかん食べて一緒に寝るの」

ぎゅうぎゅうと佐助の首に縋りつけばぽんぽんと背中を優しいリズムで叩かれる。ほかほか。ほらもう温かくなってきた。きっともう彼よりわたしの手の方が温かいはずだ。
そっと腕を放して彼の琥珀を覗き見る。彼のふたつの瞳はどこまでも優しい色を灯していた。

「甘えたさん」

くすぐったいくらい優しい声音。わたしの髪を愛おしそうに撫ぜる彼の手はやっぱり冷たい。
今日も世界は吐き気がするほど美しく綺麗で、息をするのも億劫になるほどあなたが愛おしくて。
わたしだけの夕焼けに埋もれてわたしはようやくわたしになる。


なきむし


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