「さ、すけ」

とてとてと、薄暗い部屋の中、覚束無い足取りで、窓の枠に腰掛け城下を眺めていた俺の元にやって来た少女。上質な着物を真っ赤に染めて、その血の気無い真っ白な手に、忍の自分は見慣れた"それ"を握っていた。

「言われた、とおりに、した、よ」

へらり、相貌を崩す彼女に向かって両手を大きく広げて迎えてやる。
嬉しそうに微笑みながらこちらに歩み寄って来る彼女は、腕を広げてこちらにやって来る。ごとり、鈍い音を立てて畳に転がったそれを一瞥し、彼女を抱きとめれば、彼女は嬉しそうに俺の首筋に鼻を擦りつける。

「よくできたね、姫さん」
「うん。偉い?」
「偉い偉い」

そっと、艶やかな黒髪を撫でてやれば、彼女はより一層笑みを深くし、気持ち良さそうに目を細める。本当、なんて従順な子なんだろう。

「さすけ、」
「ん?」
「これで、愛して、くれる?」

舌足らずな、甘えたような声色で、小さく小首を傾げる彼女のその桜色の口唇に自分のそれを重ね、ゆるりと微笑む。

「もちろん。これ以上にないくらい、愛してあげる」

その言葉に、少女は心底嬉しそうに破顔する。ゆったりと俺の胸に凭れ掛かる少女の体を緩く抱き締めていると、何やら階下が騒がしくなって来た。当然だ、今頃きっと、城主の無惨な姿を誰かが発見し、城内が混乱を極めている筈だ。恐ろしいほど静かなのはこの城の姫さんである、ここ、腕の中の少女の部屋ぐらいのものだ。
ふと、もう一度、床に無造作に転がる"それ"を見やる。"それ"は今回の任務の最終目的を果たしたことと同時に、この少女を正真正銘手に入れたことを如実に物語っていた。
驚いたような、悲しむような表情のまま最期を迎えたであろうそれは、今にも悲痛な叫び声が聞こえてくる様な相貌のままこちらに光のない瞳を向けている。
ザンバラに畳に広がる髪は、血糊でべたついている。本来あるべき筈の肢体は此処には存在せず、切断面からは太く白い骨と、真っ赤な血肉が覗いている。
血は、まだ止まっていない。ぎざぎざで、均一になっていない首の切断面は、明らかに素人の仕業であることが窺える所業。もうすぐ家臣たちが城主の部屋から縁側に標された主の血の跡を追って、この部屋まで辿り着く頃だろう。
ぼんやりとその城主の生首を見つめていると、どたばたという音が存外近くから聞こえて来た。

「それじゃ、行こっか、姫さん」

彼女をそっと抱き抱え、腰を上げ、窓の淵に足を掛ける。最期にもう一度、床に転がる生首を振り返って見つめれば、まるで娘を誑かし、己を殺させたことを怨んでいるかのような瞳とかち合った。それに、へらりと笑って、応えてやる。

「おやすみなさい、お義父さん」



(それは俺と彼女が結ばれるための)
(それは佐助と私が結ばれるための)


091230
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