思えばずっと、貴方はわたしの心の中にいたのかもしれませんね。
「かかさまー!」
じりじりと痛いほどの陽射しが降り注ぐ昼下がり。愛しい我が子が涼色の着物を翻してわたしの足に飛び付く。
「あのね!ひまわりを見てきてもよいですか?」
「えぇ、でもあまり遠くに行ってはいけませんよ」
「はい!」
嬉々として向日葵畑の中に飛び込むその元気のよさに思わずくすりと笑みが漏れる。
「一体、誰に似たのかしら」
あの人もわたしも、あんなにわんぱくじゃなかったはずだけれど。
ふわりと、真夏の昼にしては涼しい風が頬をなぞる。顔にかかった髪を耳にかけ、目の前一面に広がる向日葵畑を見上げる。丁度、あの人と同じくらいの背の高さ。
「…ねぇ、総司さん。見てますか?あの子、無事にすくすくと元気よく育って。女の子なのに、あんなにわんぱくじゃあって、今から心配なんですよ?」
澄み渡る青い青い夏の空に、わたしの小さな呟きが届くことはない。
―…向日葵みたいなひとだった。太陽を焦がれる、向日葵みたいな。ずっとずっと、一人の人の背中を追って、必死に手を伸ばす姿が。でもわたしはそんな貴方の背中が嫌いだったの。だってちっとも自分のことを顧みてくれないんですもの。そんな貴方の背中を追い掛けるわたしは、一体どうすればいいんですかって。
今年も、この向日葵畑は満開で、訪れる人々の目を楽しませています。でもね、総司さん。意味ないんですよ。透き通るような空の青さも、目を瞠るくらい立派な向日葵畑も、貴方が隣にいてくれなくちゃ、なんの意味も。
溢れる涙を抑えるため、両手で顔を覆う。真っ暗になった視界の中、ふわりと向日葵の匂いが強くなった気がした。
「…まったく、相変わらず君は泣き虫なんだね」
ふと耳をくすぐったのは懐かしいあの人の声。信じられないと顔をゆっくりあげれば、目の前の向日葵に隠れるようにして微笑む、あの人の影。
「…そうじ、さん…」
「君があんまりにも泣き虫だから、帰って来ちゃったじゃない」
ゆっくりと歩み寄り、わたしの頬に触れるその仕草は、何ひとつ変わっていない。変わっていないのに、触れ合った総司さんの手はひんやりと冷たかった。
「一体どこで覚えて来たんだか」
胡瓜の馬に茄子の牛。縁側に飾られたそれは、あの子が小さな手で一生懸命作った盆の習わし。意味もまだよく理解できていないであろうに、ととさまが帰って来ますよーに!なんて手を合わせてた。
「そうじさん!そうじさんそうじさんそうじさん…っ!」
ぼろぼろと溢れる涙を拭うことも出来ず、子どものように総司さんに手を伸ばす。総司さんはそっとわたしの頬を両手で包み、わたしの名を呼ぶ。
「忘れないで」
冷たい手が、涙を拭う。温もりなんてないはずなのに、触れたところから優しさと愛しさが流れこんでくる。
「僕はいつだって、きみの心の中にいるよ」
そう優しく微笑んだ彼は、次に瞬きをした瞬間に消えてしまった。濡れた頬を、向日葵の香のする風が撫でる。あの人の、香りがした。
「かかさまー!」
がさがさと音を立てて向日葵畑から出てきたあの子が、小さな体を目一杯使ってわたしに駆け寄る。
「かかさまどうしたの?なぜないているのですか?」
未だほんのりと雫を残したままの目尻に気付いたのか、眉根を寄せ、哀しそうにわたしの着物の端を握る我が子の体をそっと抱き上げた。
「ととさまとお話したら、懐かしくなってしまったの」
「え!ととさまかえってきたの!?」
「えぇ」
「どこですか?どこにいるのですか?」
大きな目を見開いて、一生懸命きょろきょろと辺りを見回す愛しい我が子の頬にそっと手を添える。
「目を、閉じてごらん」
母の言葉に素直に目を閉じる子。あの人によく似た目元に愛しさが募る。
「そのまま、ととさまのことを考えてごらん」
「んー…」
「なにが、見えましたか?」
そう問えば、ふわりと緩む幼い頬。
「ととさまの、わらったおかお」
真っ白な入道雲に、真っ青な空。目を瞠るような向日葵畑に、夏のにおい。いつだって、あなたはわたしの傍で笑っていたのですね。
お帰り
月の君へ、愛を込めて
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