「紹介が遅れちまって悪かったな、俺ぁ長曾我部元親ってんだ」
「ちょ、そか…べ?」
「ハハッ、苗字は呼びづれえだろ?元親でもチカでもなんでもいいからお前の呼びやすいように呼んでくれ」

あのあと急いで銀髪さんの分の晩御飯も作って、3人でテーブルを囲った。ご飯が終わって、まさくんがお皿洗いしてくれてるときに、銀髪さん基ちょそかべさんが名前の髪を撫でながら遅めの自己紹介をしてくれた。

「じゃあチカくんって呼ぶー」
「おう」

チカくんの手はあったかくておっきくて撫でられるとだんだん眠くなっちゃう。海みたいに深くて大きな心で名前を甘やかしてくれる。まさくんとはまた違った安心感。思わず目を瞑ってチカくんの手の温もりに身をゆだねる。

「あんまくっつくな」

お皿を洗い終えたらしいまさくんが名前とチカくんの間に割り込んで来る。まさくんの腕の中に抱かれ、やっぱりまさくんの腕の中が一番安心するなあ、なんて呑気にふへへと口元がにやける。

「おいおいそんな怖え顔すんなって」
「テメーのことは信用してるが、それとこれとは話が別なんだよ」

まさくんの腕の中で温かなぬくもりに包まれ、うとうとと思考がとろけてゆく。寝ちゃダメなのに、駄目…。目蓋が重い…。

「随分大切にしてんだな」
「当たり前だ。…名前だけは、失えねんだよ」
「ハッ!見せ付けてくれんじゃねえか」
「うるせー」

まさくんとチカくんの穏やかなやり取りに閉じた目が更に重くなる。だいすきなまさくんの腕の中で、まさくんの声を子守唄に、いつの間にか名前はすやすやと眠ってしまいました。






「寝たのか」
「疲れたんだろ。お前のせいでな」
「今夜は寝かせねえんじゃなかったのか?」
「Ah?んなもんお前が帰った後のお楽しみだろうが」
「おいおいそのまま寝かせてやれよ」

俺の腕の中ですぴすぴと小さな寝息を立てて眠っている名前の頬を撫でながら、にやにやとからかうような笑みを向けてくる元親に対抗するように挑戦的な笑みを浮かべる。

「悪かったな、無駄な心配させちまってよ」
「…まったくだぜ」

仕事の処理にいつもよりちっとばかし手間取っちまって、部屋で待っているであろう名前にメールをした。一人暮らしの部屋に、帰ったら明かりがついてて、しかも最愛の人が待ってんだ。そりゃあ俺の機嫌だってよくなる。たしかに社長という座は今の自分にとってはまだ手に余るもので、完全に掌握しきれていないのも事実。だがそんな中でも名前と同じ時間を共有することで癒され、気力を養っているのも紛れもない事実で。最初は女子高生と付き合っているというリスクの高さに顔をしかめていたお目付け役も、最近は目くじらを立てることもなくなった。
だってのに今日はとんだ災難だった。余計に体力と気力を消費した。むしろ寿命が縮んだといっても過言ではない。いつも名前がいるときでもかけている鍵が開いていて、玄関には見慣れた名前のローファーと見知らぬ男物の靴。一瞬で心臓が凍り付いて足元がばらばらと崩れていくような感覚に襲われた。最悪の事態が頭の中を駆け巡り、体は勝手に動き出していた。頭の中で何度も名前の名を繰り返し、ドアを開けた。
なのにドアを開けた先、広がった光景は襲われ涙を流している名前でも、血溜まりの中床に倒れてる名前でもなく、ただ元親に撫でられ気持ちよさそうに目を細めている名前で。人がどんな気でいたのかも知らねえで、とも思ったが、まず最初に胸を襲ったのは極度の安堵と脱力感。凍っていた心臓が再びどくんどくんと動き始め、全身の感覚が体に戻ってくる。

「…元親のことは信頼してる。お前が名前に手出したりしねえこともわかってる。けど……頼むから、次からはちゃんと連絡してくれ」

もう二度と、あんな思いをするのはごめんだ。
いまだ腕の中ですやすやと眠る名前の頬にキスをひとつ落とす。そうすれば名前は目を閉じたままへにゃりと笑った。



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