名前には婚約者がいる。
名前のお隣りのお家に住んでたまさくん。名前より4歳年上のまさくんは、とってもかっこよくて、とっても強い名前の王子様。ちっちゃい頃からまさくんが大好きだった名前は、まさくんの後ろをずっとくっついて歩いてた。でもまさくんが名前よりずっと先に小学校に入学して、名前が中学校にあがる頃にはもうまさくんは高校生で、会う機会がぐっと減った。そしてまさくんが高校を卒業したとき、なんとまさくんはアメリカに留学することになった。名前はまだ中学2年生で、まさくんに着いて行くことができなくて、それで、ダメもとで告白した。フられても構わない。まさくんが名前の手が届かない遠いところに行っちゃう前に、想いを伝えたかった。
ずっとまさくんが大好きだったと震える声でまさくんに伝えたら、まさくんは知ってると微笑んだ。名前は俺の嫁になるんだろ?と。覚えていてくれた。小さな小さな頃の約束。覚えてるのは名前だけだと思ってたから、嬉しくて嬉しくて、でも信じられなくて。まさくんのお洋服の裾を掴みながら、何回も何回も、本当?本当に本当?とわたしは尋ねた。そしたらまさくんは名前の後頭部を引き寄せて、思いっきりふかーいちゅ、ちゅうをした!まだ中学2年生の名前に、まさくんはべろちゅうしたんだ。もう、本当にまさくんってば…!そうして遠くに行っちゃっても心は名前のものだって言って、電話とかお手紙くれるって約束したの。なのに。なのになのになのに!



「名前ちゃん?」

ぽちぽちと携帯をいじっていると、隣りを歩く男の子が名前を呼んだ。

「なあに?」

名前、鶴ちゃんにメール返すのに忙しいんだけど。携帯の画面を見ながらそう告げれば、男の子はちょっと顔をしかめる。わあ、こわーい。ありえなーい。

「あのさ、俺と付き合ってほしいんだけど」

さっき顔をしかめたのが嘘みたいに、にっこり笑顔でそんなことを宣う目の前の男の子。…またかあ。名前はまさくんに振り返って欲しくて、ずっとずっとまさくん好みの女の子になろうと努力してきた。まさくんがアメリカに行っちゃった後だって、帰って来たまさくんにがっかりして欲しくないから、ずっとずっと女の子らしくなるための努力を続けてる。だからか、こういう風なお誘いが結構頻繁にある。正直めんどくさい。だって名前はまさくん一筋だから。まさくん以外のひとに好きになってもらっても嬉しくない。まさくんとしか一緒にいたくないし、まさくんとしかちゅうしたくない。だけどね、だけどだけど、

「…名前のどこがすきなの?」

問いかけた言葉に、男の子は照れ臭そうに笑いながら頬を掻く。

「え、だって、名前ちゃん可愛いし、」
「ふーん…」

いつもだったら、こんなこと聞かないですぐにお断りするのに。今日の名前は少し悪い子。まさくんがアメリカに行ってからもう4年。中学生だった名前は、もう高校3年生になった。だけど、3年の間にまさくんから手紙が来たことも、電話がかかって来たこともない。あんなに約束したのに。名前のファーストキスだって奪っていったのに。絶対、絶対浮気しないって言ったのに。まさくんの嘘つき。きっと今頃金髪でボンキュッボンなオネーサンとイチャイチャしてるんだ。もういいもん、まさくんなんて知らないもん。名前だって浮気しちゃうもん!

「付き合ってあげてもいーかも」

鶴ちゃんへ送信ボタンを押してからそう告げれば、男の子はマジで!?と目を丸くした。

「名前ちゃん誰が告白してもダメだったから、絶対フられると思ってた!」

やっべマジ感激なんだけどーとか言いながら名前の肩を抱く男の子。う、ここ道路なのに。嫌だな、馴れ馴れしくて。失敗したかも、なんてこと考えてたら、突然視界がぎゅるんと目まぐるしく変わった。

「Hey honey、見ねえ間に随分と尻軽になったんじゃねえか?」

低い、色っぽい声。1日だって忘れたことのないまさくんの声が、耳をくすぐった。

「な、なんだよテメー!」

有り得ない。なんで、だって、まさくんはアメリカに。けど名前を後ろからぎゅうする力強い腕は、視界いっぱいに写る見上げた顔は、正真正銘まさくんそのもので。

「Ah?テメエこそ誰だ、Who are you?」
「オレはその子の彼氏だ!」
「Boy friend?…Ha!」

突然の展開に着いていけなくて、ただまさくんを見上げることしかできない名前の顎を、まさくんがくいっと持ち上げた。

「ん…っ」

押しつけられた口唇の温もりは、あの時と同じ。

(…まさくん、だ……)

咥内を蹂躙する舌の熱さに、思考がとろける。4年前と同じ。全く息の仕方がわからない深いちゅうに、強張っていた身体から力が抜ける。かくりと膝が折れて、支えてくれているまさくんの腕に、全身を預けた。ちゅっと軽いリップ音をたてて離れたまさくんの口唇が、挑戦的に歪む。

「I'm a fiance of 名前.You see?」

ほけーっと信じられない気持ちでまさくんを見上げていたら、まさくんが名前の背中と膝裏に腕を回して、ひょいっとお姫様だっこして歩き始めた。もうさっきの男の子のことなんて全く頭の中にない。ただ名前はまさくんに抱かれるまま青いスポーツカーの助手席に下ろされ、運転するまさくんの横顔を見つめていた。



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