女子更衣室で実習服に着替え、実習棟に向かっているときだった。生徒ホールでかたまっていた先輩たちに声をかけられたのは。

「お、名前ちゃんじゃーん」

名を呼ばれ視線をうつした先にいたのはいかにも頭の悪そうな感じの男たち。見る気がもともとないため見たことのない風貌だけど、科章から機械科の3年だということだわかった。工業にはよくある話し。男子と女子の比率が9:1にも満たないから、こちらが名前を知らなくても、向こうはわたしを認識している。これがめんどくさいのだ。
別に話しかけられたわけじゃないし、と一瞬だけ向けた視線をすぐに逸らして前を見据える。そのまま歩き出すわたしの腕をちょっとちょっととさっきの男が掴む。すぐに周りを柄の悪い男で囲まれた。

「次実習なん?まだ時間あるでしょ?ちょっと話してこーよ」
「…なにをですか」

本当は今すぐにでも手を払って歩き出したいのだけど、この手の奴らは後々めんどくさい。1年の頃からの経験でなんとなく悟ってしまった自分がなんだか悲しかった。

「猿飛と付き合ってるらしーじゃん」

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる男たちに不快感は募るばかり。ああもう、嫌になる。

「…それがなにか」
「結構ショックだったんだよ?俺らー」
「今までずっとフリー貫いてた名前ちゃんが猿飛なんかのモンになっちゃってさあ」
「そーそ、俺らのお誘い断って猿飛かよ、ってねー」

…ああ、思い出した。この人ら入学して結構最初の頃に飲み会に誘って来た人たちだ。
わたし自身は噂とかには疎いのだけれど、政宗と元親が異様に情報網が広くて、学校の大抵のことは耳に入ってくる。その中でも特に目立った噂の人たち。理解できないけれど、工業には男の子目当てで入ってくる女子もいる。そういう子や所謂セフレと派手に乱交パーティをしていると元親が言っていたのを思い出した。別にそれにとやかく言うつもりはないけど、自分がそれに関わってきたら話しは別。全力で拒否するし、全力で軽蔑する。
思い出したら余計掴まれてる腕が不快で、思わず眉間に皺が寄った。

「…用がないなら行っていいですか?週番なんで鍵開けなきゃなんですけど」
「まーまーそうツレないこと言わないで」

ぐっと男の腕に力がこめられ、不本意ながら身体が傾き耳元に男の顔が近づく。

「猿飛ともうヤったんでしょ?」

耳元で囁かれたその言葉にぞわりと一気に鳥肌が立ったのがわかった。

「で?ぶっちゃけどっちがイイの?長曾我部?猿飛?」

怒りも呆れも通り越して目の前で下卑た笑みを浮かべる男たちが本当に自分と同じ生き物なのかを疑った。
大概にして工業の男は下ネタ好きだし普通に暴露話しとかするけど、あからさまな下心と侮蔑を含んだその物言いに本気で全身が拒絶反応を起こし始める。
どうやってこの場から立ち去るかを考える視界の隅に、ふわりと見慣れた銀髪が揺れた。

「あ?なんだお前ら、そろいもそろって欲求不満かァ?」

わたしと男の間に割って入った元親は口角をあげているものの、その瞳は凶暴な光を宿したままだった。

「んだよ長曾我部、邪魔すんなよ」
「今ちょうど名前ちゃんにお前と猿飛、どっちがうまいか聞いてたんだからよォ」

こういう類の話しは正直慣れた。1年の頃はそれなりに戸惑いもしたけど、今では鼻で笑い飛ばせる。まあ不快なことに変わりはないけど。
だからうまくかわせる自信もあったんだけど、元親の瞳に流すという選択肢はないようだ。溜息を吐きたくなった。

「なんだァ?そんなに溜まってんなら俺が相手してやろうか?」

にやりと、元親の口角が挑戦的に吊りあがる。ああもう、わたしは知らないぞ。
は?と怪訝な顔をした一番近くの男の胸倉をつかみ、元親はその拳を思いっきり右頬に叩き込んだ。衝撃にリノリウムの廊下に倒れこむ男を一瞥し、はあ、と隠しもせずに溜息を吐いた。

「おら、立てよ。不能になるまで相手してやるぜ?」

拳を握りなおして男たちを見下ろす元親はもはやただのチンピラだ。そして情けなくもバツが悪そうに引きあげてく男たちもただの負け犬にしか見えない。

「あんだよ、もう終いかァ?」

不満そうに声をあげる元親の後頭部に背伸びをしてチョップをかませば、不意打ちだったからかがくっと頭が下がった。

「ッなにしやがる!」
「ばか。何喧嘩売ってんのさ。あんなの放っとけばいんだから」
「あ”?売られた喧嘩は買うのが道理だろうが」
「元親に売られた訳じゃないでしょ」
「お前に売られた喧嘩は全部俺のもんなンだよ」
「なにそれ理不尽」

それにしてもこちらから手を出したのはいただけない。めんどくさい奴等なんじゃなかったのか。無意識のうちに眉間に寄った皺を目にしたからか、元親は急に押し黙り気まずそうに視線を彷徨わせる。

「…心配しなくても手ェ回してあるから気にすんな」

顔を逸らしてぶっきらぼうにそう告げる元親の横顔には、もうさっきみたいな獰猛な雰囲気はない。ちょっと拗ねたみたいに聞こえるその声音に、ひとつ苦笑を漏らす。

「…助けてくれてありがと」
「…おう」

目の前の幼馴染みの過保護っぷりは相変わらず。けれどわたしがそれに甘えているのも紛れもない事実だったりするのだ。

愛しのマイヒーロー


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