「お誕生日おめでとう、名前ちゃん」
「ありがと、佐助」

時計の針が12ぴったりを指して、佐助がわたしの両手をとってふわりと微笑む。付き合ってちょうど1ヶ月目のわたしの誕生日。ふたりで過ごす初めてのイベントに、心がほかほかする。前の日から彼の部屋で過ごして、誕生日が来た瞬間に佐助からのお祝い。我ながら幸せな誕生日だ、とほわほわしていたら、佐助がいたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。

「名前ちゃん、後ろ向いて」

佐助のベッドの上で向かい合って座ってたんだけど、その言葉でわたしは体を反転させる。彼を背に膝を抱えれば、佐助がそっとわたしの首に腕を回した。緩い拘束が首まわりを覆う。そっと髪の毛をかき分け柔らかく梳かれれば、首に感じる冷たい金属の感覚。手鏡を渡され覗いてみれば、くすんだゴールドのハートがわたしの鎖骨の間できらりと光っていた。

「佐助…これ…」
「俺様からの、お誕生日プレゼント」

まだ佐助とこういう仲になる前に雑誌で見つけたこのネックレス。そこまで高いものじゃないけど、バイトをしていないわたしにしたら買うには相当の勇気を必要とするお値段で。悩みに悩んだ結果結局買うのを諦めたんだけど。

「覚えててくれてたんだ…」
「あったりまえでしょ?名前ちゃんのことは全部覚えてるよ」

佐助がずっとわたしを見て気にしてくれてたことが嬉しくて嬉しくて。佐助の胸に頭を預けて寄りかかれば、彼はわたしのお腹に腕を回して支えてくれる。こうやってくっついてるだけでしあわせな気持ちになれるんだって、佐助と出会って初めて知った。佐助は、わたしにたくさんのハジメテを教えてくれたの。

「佐助、だいすき」
「俺様も、名前ちゃんがだいすきだよ」

仰ぎ見るように振り返りそう告げれば、佐助は少しだけ頬を赤く染めてちゅっとわたしの額にキスを落とした。ああ、なんて幸せなんだろう。

そのとき、ベッドの下に置いたわたしの鞄から鳴り響いた軽快なメロディ。誰かからメールが届いたらしい。よっこいせと少し身体をよじらせ鞄の中を漁り携帯を取り出す。

「ん、かすがからバースデーメール届いてる!」

ぱかりと携帯を開けば、大切な友人であるかすがからお誕生日おめでとうとの旨が書かれたメールが届いていた。ほくほくと佐助の胸の中、返信すべくぽちぽちとボタンを押せば、不意に佐助の大きな手がわたしの手から携帯を取り上げた。

「さすけ?」

どうしたの?と見上げれば、佐助は何の表情も浮かべることなく、わたしの肩をそっと押してベッドから降りる。そして部屋の隅に置かれたゴミ箱まで歩み寄ると、そのままわたしの携帯を逆パカした。
声すらも出せないまま呆然と佐助を見つめる。佐助の手の中には半分に折られたわたしの携帯。ぱらぱらと携帯の破片がゴミ箱に吸い込まれ、そのまま佐助は携帯だったものをゴミ箱に落とすと、ぱんぱんと軽く手をたたいて欠片をも捨てる。

「ちょ、…え?佐助?…何してんの?」
「もー名前ちゃんってば、俺様がいるのに携帯なんて弄んないでよー」

こちらを向いた佐助の表情はいつも通り。少しだけ頬を膨らませて拗ねた表情を浮かべる。今の一連の行動についての弁解も、説明もなし。ただそれが当たり前のことであるように、まるで鼻をかんで戻ってきましたとでもいうような自然さを見せる佐助に思考が追いついてくれない。混乱するわたしをよそに、佐助はさっきと同じようにわたしを後ろから抱き締めると、きゅっとわたしの両手に指を絡めた。

「今日はー、名前ちゃんのお誕生日、俺様だけにお祝いさせて?」

ね?と低く甘やかな声で囁かれ、背筋をぞぞぞとした悪寒が這う。快感からくるそれとはまったく違う。これは、そう。戦慄だ。
首にかかるネックレスが、急に息苦しく感じた。



赤い糸による絞殺死



110922 親愛なるDVさんへ