「悪いんだけど、仁王探して来てくれないかな」

自習に変わった3限目。自分の席でのんびり課題に取り組んでいたわたしの前に、隣りのクラスの幸村くんが立った。

「んでもって、これ渡しといてくれる?」

差し出された茶封筒を無言で受け取れば、にこにこ笑顔で片手を上げた幸村くんが「じゃ、よろしく」なんて言いながら去って行った。手渡された茶封筒には、ご丁寧にも手書きで大至急なんて書いてある。幸村くん、授業中に何やってんだか。はあ、とひとつ溜息を吐いて、シャーペンを筆箱にしまう。

「行ってきまーす」
「いってらー」

前の席に座るゆっこにそれだけ伝えて席を立つ。山内くんが心配そうに見上げて来たので、笑顔で手を振っておいた。




仁王の行動パターンはなんとなくだけど把握している。天気、曜日、時間帯、それぞれを考慮に入れて最もサボってる確率が高そうな場所に赴く。今日は火曜日。天気は晴れ。特別教室は今2年生が音楽室を使ってるから、普段なら竹林広場か中庭にいるはずなんだけど、なんとなく海友会館の方へ足を向けた。
一階のホールをスルーして旧校舎の階段を上る。案の定というか、旧校舎の屋上に、仁王はいた。

「におー」

扉がある屋根に登って、持参したらしい簡易毛布に包まって眠る仁王。まったく、サボる気満々な態度に溜め息を吐きたくなる。
呼び掛けてもすやすや眠ったまま起きない仁王。もう一度におーと呼びながらその肩を揺すろうと手を伸ばせば。

「きゃっ…!?」

伸ばした腕をぐいと引かれ、視界が反転した。
気付けばわたしは仁王の腕の中、温かな毛布にくるまっていた。

「名前ちゃん、ぬくい」

ごろごろと喉を鳴らして擦り寄る猫みたいに、仁王はわたしの頭に頬擦りをする。冷たいはずのコンクリートの地面が仁王のぬくもりでほんのり温かくなっていた。

「にお、これ幸村くんから」
「んー…」
「にお、次は授業出なきゃだよ」

すりすりと甘える仁王を見上げて口を開けば、名前ちゃんが一緒なら出ると返って来る。それに頷けば、抱きしめる腕の力が強くなる。寒空の下なのに、毛布と仁王に包まれてぬくぬく。

「名前ちゃん」

思わず閉じかけた目蓋と格闘していると、不意に仁王のやわらかな声がわたしを呼んだ。ん?と我ながら寝呆けた声でそう返す。仁王はとろけるような優しい笑みを浮かべてわたしの頬を撫でた。

「ずっと一緒におっとってな」

仁王はどこまでもやわらかで甘い笑みを浮かべている。それは縋りつくような懇願でも昔交わした約束の確認でもない。もう答えはわかりきっているとでもいうような声音。

「…うん」

仁王の優しい瞳から逃れるように目を逸らし、自分に言い聞かせるようにそう頷いた。


Catch me. Please.



111210 title.joy