バサラの政宗さまが大好きで大好きで大好きで!もしトリップできるなら絶対奥州!ってふざけたことぬかしてたけど、実際世界はそんなに甘くないらしい(ちくしょう)。念願のトリップが叶ったと思ったら場所は豊臣秀吉が治める大阪の城下町。(ああ愛しの政宗さまがいらっしゃる奥州から)(何の因果か遥か西の地へと)(降り立ったのでございます)。幸いなことに、トリップした瞬間忍に脅されるとかいった物騒な展開は一切無く、気のいい茶屋の女将さんに拾われた。ちなみになぜここがバサラ世界だってわかったかというと、たまたま店番中に竹中半兵衛を見かけたから。(あの特徴的なバッテン仮面は)(バサラの半兵衛以外)(あり得ない)。そうしてそこからはびっくりするくらいキャラとの接点のない生活を送った。でもそんなこと気にしていられるほど戦国の世は甘くなくて、わたしは拾ってくれた女将さんに少しでもご恩を返せるようにと、毎日必死に働いた。慣れない生活に四苦八苦して、ときには挫けそうにもなったけど、生きるために死にもの狂いで働いた。そうして季節が一回りする頃には、わたしはお茶屋の看板娘としてすっかり城下に馴染んでいた。(何度か嫁ぎ話も浮上するくらい)(断ったけど)。ここがバサラ世界だということを忘れてしまいそうになるほど、わたしは城下が好きで、いつしか政宗さまのこともすっかり頭から抜け落ちて、ただただ茶屋で働いて、夕刻店じまいした後に女将さんが作ってくれる団子が好きで好きでたまらなかった。(みたらし草団子餡団子なんでもいんだぜ)(むふふ)。
そうしてわたしがバサラ世界に来て2回目の夏が訪れようとしていたある日のこと。いつものように店の準備をして、馴染み客と他愛ない雑談を交わしていたら、細身な男が暖簾をくぐった。

「いらっしゃーい」

すぐさま女将さん直伝の看板娘スマイルで出迎えれば、その男とばちりと目が合った。

(わふ、)

瞬間、わたしは笑顔のまま、びきりと固まった。
何故なら、
目の前の男が、
あの、石 田 三 成 だったからだ。

(銀髪リーゼント…!)

あのとげとげした衣装ではなく普通の着流しだけれど、忘れもしない(ていうか忘れられない)特徴的すぎる前髪から覗く切れ長のあの目は絶対。バサラスリーで愛しの政宗さまをフルボッコし(やがっ)た戦国最速の男、石田三成。今までキャラとの接点が全くなかったわたしの脳は見事にフリーズし、頭の中を駆け巡るのは(斬滅される斬滅される斬滅される斬滅される斬滅されるッ!)という恐怖だけ。しかし恐怖で固まったわたしを訝しむでもなく、何故か石田三成もわたしを前にして固まり、ふたりして店先で固まり合ってしまった。(なんて間抜けな光景)

「何やってんだい名前!さっさと注文取りな!」

そんな女将さんの檄に、ほぼ反射的に返事をする。こうしちゃいられないと軽く引きつった笑みを浮かべながら、ご注文は…?と首を傾げた。

「…茶と、…し、塩饅頭をひとつ…」

ハッとしたような顔をした石田三成が吃りながらも口にした注文を繰り返し、くるりと踵を返して女将さんに伝える。しばらく立ったままだった石田三成も、空いている席に腰を落ち着けた。
ようやく心の荒波が収まってきたと溜め息を吐き出せば、痛いほど感じる視線。

(あンれぇええ…?)

お茶を淹れている間ずっと突き刺さる鋭い真っ直ぐな視線。恐る恐る目線を上げれば、ばちっという効果音が付きそうな感じで石田三成と目が合ってしまった、と同時に凄まじい勢いで目を逸らした。

(ひィいイイいッ…!!が、ガン見されてるううう…!!)

恐怖でガタガタと震える手でお茶を注いでいたら、案の定湯呑みからお茶を溢してしまい、女将さんにバシリと頭をはたかれた。その強烈な一撃で恐怖やら緊張やらがすぽーんっと抜け落ち(だって女将さんの方がよっぽど怖い)、先ほどの動揺が嘘みたいにいつもの看板娘スマイルを携えて石田三成が腰を据える机の上に静かにお茶を置いた。

「少々お待ちください」

ぺこりとひとつ頭を下げて、他の注文を取りに急ぐ。相変わらず視線を感じたけれど気にしない。(気にしちゃ)(負け。)注文を取って品物を運んでお客さんの話に耳を傾けて、さほど広くない店内をくるくると回って働く。このお仕事はなかなかに疲れるけど、性に合ってるのか楽しくやれている。

「塩饅頭いっちょー」
「あーい」

厨の方から聞こえて来た女将さんの声に返事を返し、塩饅頭を受け取る。

「お待たせしました」

未だわたしをガン見している石田三成の待つ机の上に音を立てぬように塩饅頭の乗った皿を置く。ごゆるりと、そう言って席を離れようとした瞬間、ぱしりと掴まれたわたしの腕。驚いて見開いた先には、わたしの腕を掴む石田三成の鋭い瞳。

「き、貴様…!」
(ひィいいいイイ…っ!)

目だけで人を殺せるんじゃないかという程の眼力を前に、一般人のわたしは叫ぶことも抵抗することもできず、ただただ顔から血の気が引いていくのを感じることしかできない。どうにかしようと思っても何が原因でこうなっているのかわからない今の状況ではどうすることもできない。つまり絶体絶命。
だらだらと冷や汗を流しまくるわたしの腕を掴んだまま石田三成は口を開いた。

「な、名は…」
「…へ?」
「名は、…なんという」

歯切れ悪く告げられたその言葉に、一瞬脳内がフリーズする。だってだってあの石田三成の口からそんな言葉が出るとは夢にも思っていなかったから。しかも心なしか目元というか頬というかがほんのり赤く染まってるんですけど、え。

「…名前、と申します…」

脳内が混乱の極みに達していようと関係ない。こちとらもう一年以上客商売してるんだ。にこやかに対応してこその看板娘!(若干笑顔引きつったけど。)そんなわたしのことなど露知らず、石田三成は小さく名前…とわたしの名を確かめるように呟き、ぽっと頬を染めた。(お、オトメン、だと…!?)

「あの、なにか…?」
「い、いや、すまない」

いつまでもこのままでいるのはお仕事的にもわたしの心臓的にもよろしくないから控えめに遠回しに放していただけないかと主張をすれば、石田三成はパッと勢いよくわたしの腕を放す。相変わらず彼の頬は赤いままだった。

「それでは、ごゆるりと」

ぺこりと頭を下げて注文待ちのお客様の元へ足を向ける。すると突然、背後からがたりと大きな音がした。質の悪い侍風情でも来やがったのかと慌てて振り返れば、そこにいたのは椅子を倒して机の前で仁王立ちする石田三成の姿。(え、なに、うちの塩饅頭が気に食わなかったとか…?)脳内に最悪の事態である凶王降臨の4文字がぐるぐると駆け巡る。

「め…」
(め…?)

射殺さんばかりにわたしを貫く鋭い瞳に、ごくりと生唾を呑み込む。店中の人間の視線を一身に受け、ぶるぶると拳を震わせながら石田三成は口を開いた。


めっちゃ好きやねん!
(…誰か大谷さん呼んで来て)



三成まじフェアリー