吐き出した吐瀉物がシャワーに流され排水溝へと吸い込まれていく様を只呆然と眺める。口端から垂れる唾液が酷く不快で濡れた手の甲で拭う。シャワーに打たれ、しゃがみ込んだまま自分が吐き出した嘔吐物の行く先に思いを馳せた。胃がひっくり返ったような感覚と痛む喉だけが残っている。当たり前だ。一度体内に取り込み今まさに消化最中だったものを無理矢理体外へと吐き出したのだから。胃酸に塗れた元食物が喉を通ればそれはそれは酷く不愉快な違和感が残るに決まっている。文句を垂れ流す体とは裏腹に、心を酷くすっきりしていた。溜まっていた余分な物をようやく処理した気分だった。

私は、細胞だ。
小さな小さな核を隠すために、細胞壁を見栄とプライドではち切れんばかりに膨らませ、組織液で体内を満たす。本当は許容量など人並み以下なのに平気な顔してどんどん組織液を増やし、それに伴い細胞壁も膨張し、結果。こうしてときどき、いやかなり頻繁に組織液を抜いてやらないといけなくなる。吐くしかり、自傷しかり。体内の不純物を抜き出すのだ。そうして窒息死を免れ、虚勢に塗れて明日を生きる。我ながら不器用な人間だと思う。でも、それでも私は今日も不器用に生きた。だから、ご褒美に吐き気がおさまってお風呂からあがったら、お気に入りのマグにキャラメルマキアートを淹れようと思う。荒れた胃に優しくない飲み物だが、今はあの甘さが恋しい。けれどほろ苦い甘やかさを思い出して、また胃液がせり上がって来た。脳はあの甘さを求めていても、どうやら体は受け付けてくれないらしい。けちな体だ。


「名前、」


ふと背中を覆う温かな温もりと、首というか肩にまわされた太い腕。肩口に埋もれる銀色を尻目に、私全裸なんだけどなあとかぼんやりと考えた。

「チカくん、濡れちゃうよ」
「あぁ」


今だにシャワーはじゃあじゃあ流れたままで、私はお風呂場のタイルにしゃがみこんだままで、私を後ろからすっぽり覆っているチカくんは濡れるのも構わずTシャツのまま私を抱き締めていて。背中越しに感じる温もりが、酷く優しかったのを覚えている。


上手にけたね




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