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ひゅうひゅうと喉が鳴る。どくどくと心の臓が脈動する度に溢れる血が横たわる地を汚していく。
(…しくった、)
自分としたことが、らしくもなく自軍の勝利を確信し油断した。これが最後の戦。これで天下は平泰する。それが油断につながった。
(旦那…大将んとこ戻ったかな…)
今頃己の姿が見当たらなくて大声を張り上げているかもしれないが、残念ながら駆けつけることは出来そうにない。悪いね、体が重くて仕様がないんだ。
私、生まれ変わったら鯨になりたいんだ
いつだったか、七日の間だけ上田にいた少女が零した言葉。異世界からやって来たという少女は、己に勝るとも劣らないほど飄々としていて、クナイを突き付け脅したときもあっけからんと生を手放そうとした。そんな彼女が、唯一、切な気な声色で語った夢。
(…くじら、だったか…)
喉からは不規則な空気が口の端から漏れるだけで、きっともう声帯は震えないだろう。じくじくと焼けつくような痛みが右足が在った場所と左腕が在った場所から全身に回る。常なら気絶してもおかしくないほどの痛みの筈だが、草の訓練のせいか、はたまた目前に迫った死を前に既に感覚が麻痺しているのか。どちらにせよ、全身を苛む痛みは意識の外のものだった。
(ならば俺は、海にでもなろうか)
もしも輪廻とやらが本当にあって、生まれ変われるとするならば、悠然とその体を撓らせひとり泳ぐ彼女を包む、大海原になろう。陽の光でこの身を彼女が好きだった夕焼け色に変えて。離れることなんて、有りもしない。彼女が生まれたその瞬間から、彼女の命が尽きるその最期の一瞬まで。ずっと、一緒に。
(生まれ変われるのならば、…名前、もう一度、君に)
彼女のへたくそな笑い顔が閉じた目蓋の裏に浮かび、薄れ行く意識を闇の底へと解き放つ。柔らかな光の中で青白く照らされた大きな肢体が、悠然と泳ぐ様を見た気がした。
溺
死
体
の
群
青
(ねえ神様、俺、最期は幸せだったよ)
100926