ねぇ猿飛さん、鯨って知ってる?そう、鯨。知らない?そっかーやっぱりまだ知られてないんだ。ん?何者かって?魚へんにね、京の都の京って書くの。んー魚とは違うんだよねえ。哺乳類って言ってね、私たち人と同じ種族なんだよ。んとね、お乳を飲んで育つ生き物ってこと。それで大きさが30mで…ああそっか、えーと、一尺ってたしか30pちょっとだよね、ってことは…九十一尺?うは、有り得ない。そうそう九十一尺。だねーお城並だよね。そうそうお城が海泳いでる感じ。でねー心の臓がね、自動車…んー…あの庭にあるでっかい岩くらいあるんだよ。本当本当。嘘じゃないって。だって血管…血の通り道の管だって子どもが這いまわれるくらい太いんだよ?…うん、まあ信じなくていいけどさ。…私、生まれ変わったら鯨になりたいんだ。いや別にお城みたいに大きくなりたい訳じゃなくて。何ものにも捕らわれないでさ、何も考えずに、悠々とひとりで広い海を泳ぐの。誰にも気付かれずに、誰にも傷つけられずに、静かに息をするの。朝焼けの赤を海から見つめて、昼の陽の光に照らされた水面を見上げて、陽が沈む水平線を眺めて、月の明かりを頼りに星を数えながら泳ぐの。…え?あはは…寂しくなんてないよ。…ああ、でも。猿飛さんの夕焼け色が見れなくなっちゃうのは、ちょっと寂しいかもしれないね。



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ひゅうひゅうと喉が鳴る。どくどくと心の臓が脈動する度に溢れる血が横たわる地を汚していく。

(…しくった、)

自分としたことが、らしくもなく自軍の勝利を確信し油断した。これが最後の戦。これで天下は平泰する。それが油断につながった。

(旦那…大将んとこ戻ったかな…)

今頃己の姿が見当たらなくて大声を張り上げているかもしれないが、残念ながら駆けつけることは出来そうにない。悪いね、体が重くて仕様がないんだ。


私、生まれ変わったら鯨になりたいんだ


いつだったか、七日の間だけ上田にいた少女が零した言葉。異世界からやって来たという少女は、己に勝るとも劣らないほど飄々としていて、クナイを突き付け脅したときもあっけからんと生を手放そうとした。そんな彼女が、唯一、切な気な声色で語った夢。

(…くじら、だったか…)

喉からは不規則な空気が口の端から漏れるだけで、きっともう声帯は震えないだろう。じくじくと焼けつくような痛みが右足が在った場所と左腕が在った場所から全身に回る。常なら気絶してもおかしくないほどの痛みの筈だが、草の訓練のせいか、はたまた目前に迫った死を前に既に感覚が麻痺しているのか。どちらにせよ、全身を苛む痛みは意識の外のものだった。

(ならば俺は、海にでもなろうか)

もしも輪廻とやらが本当にあって、生まれ変われるとするならば、悠然とその体を撓らせひとり泳ぐ彼女を包む、大海原になろう。陽の光でこの身を彼女が好きだった夕焼け色に変えて。離れることなんて、有りもしない。彼女が生まれたその瞬間から、彼女の命が尽きるその最期の一瞬まで。ずっと、一緒に。


(生まれ変われるのならば、…名前、もう一度、君に)


彼女のへたくそな笑い顔が閉じた目蓋の裏に浮かび、薄れ行く意識を闇の底へと解き放つ。柔らかな光の中で青白く照らされた大きな肢体が、悠然と泳ぐ様を見た気がした。












(ねえ神様、俺、最期は幸せだったよ)



100926




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