「佐助!降って参りましたっ」
「はいはーい、任せといてくださいっと、」

穏やかな昼下がりのひと時、兄様の鍛錬が終わりましたら佐助と3人で八つ時に致しましょうと女中にお茶をもらいに縁側を歩いている時でした。雨粒がぱらぱらと降り出したのです。目の前の庭先に干された着物たちを前に私は兄様の忍を呼びました。私が取り込むと女中たちが怒るからです。軽やかな声とともに佐助が現れ、幾つかの影と共に見事な手さばきで着物やら襦袢をとりこんでいきます。あっという間に干されていた衣たちを全て取り込み終えた佐助は近くの部屋の障子を開け、着物をたたみます。私も佐助のお許しが出たのでお手伝いをします。

「陽が出て明るいままなのに雨が降るとは、不思議なものですね」
「こういう天気を狐の嫁入りって言うんですよ」
「狐の嫁入り、ですか?」
「そうそう。こういう天気雨は狐が化かしてるからだそうで」

私が一枚たたむ間に佐助は三枚たたむ。なのに仕上がりが私よりずっと綺麗だなんてそんなのずるいわ。なんとなく悔しさに駆られて、私は口唇を尖らせました。

「どこぞの天狐仮面が化かしているのではないのですか?」

素知らぬ顔でそう告げれば佐助はピクリと動きを止めます。

「…何か言った?姫さん」
「いえ、ただの独り言です」

着物をたたむ手を休めずそう淡々と答えれば、佐助はしばらくこちらをじと目で見ていましたけれど、すぐに作業を再開いたしました。

黙々とたたむ手を止めず集中していれば、衣の山がほとんどなくなった時、佐助があ、と声を洩らしました。

「雨、あがる」

ひく、と鼻を利かせた佐助が庭先へと目を向けます。たたみ終えた着物を脇に寄せ、濡れ縁まで這い出れば、佐助のこら姫さんはしたないでしょ、というお叱りの声が聞こえたけど気に致しません。

「あ…」

きらきらと、陽の光を受けた雨粒が庭先に降り立ち、跳ねあがり踊り出します。聞こえるのは水滴が落ちるさあーっという音だけで、少しだけ気温が下がったみたいに背筋がふるりと震えました。今にも晴れそうなほど陽は強さを増し、雨は少しずつその勢いを弱めます。 きらきらきらきら、陽の光を反射しながら墜ちて行く様が酷く綺麗で、雨音と陽の光と雨粒と。それらが世界の全てのように思えて。ぱらぱらと規則的だった音が不規則になり、最後の一粒が地面に降り立ち弾けたのと同時に、陽が辺り一面、甲斐全土を包みます。

「…雨が上がるところなんて初めて見たかも」
「えぇ…そうですね…」

鳥がちゅんちゅんと鳴き始め、世界が動き出すような感覚に包まれます。さっきまで世界が止まっていて、雨だけがこの世界を彩る全てだと、そう、感じたのです。

「…また、一緒に見れるといいね」

振り返れば、穏やかな笑みを浮かべた佐助が優しい双眸で私を見つめていました。私も自然と柔らかな微笑みを浮かべました。

「…そうですね、」

戦乱の世で、こんな穏やかな時間がずっと続くなんてことは、到底あり得ないでしょう。それでも、この小さな幸せを胸に秘めて、これからを生きていくことができるのなら。

「佐助!名前!どこにおるのだ!!」

道場の方から兄様の大きな声が聞こえて来て、びっくりした鳥たちが急いで庭の松の木から飛び立っていきます。それを佐助とふたりで眺め、それからふたりして笑い合いました。

「お八つにしましょうか、」
「えぇ、そうですね」

またもさすけええええという兄様の声が城中に響き、「もう、聞こえてますよ旦那ァ!」と黒い煙を残して佐助は部屋を後にしました。私も着物の裾を整え、勝手場に足を向けます。特別美味しいお茶を、兄様と佐助に淹れて差し上げたいのです。








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以前相互さまに捧げたもの