太陽が沈み月が昇る。
震える大地の息吹が一日に終止符を打ち、新たな世界へとこの地を導く。藍や青が空の隅を彩れば、海の水平線へと昼の支配者は落ちて逝き、最後の足掻きと言わんばかりに己が命を削り我が子である光の粒子を全地へと送り出す。

「半兵衛さま、」

潮風が彼女の夜空よりも深い闇色の髪を靡かせる。

「お体に障ります」

眉を顰め咎めるような声をあげる彼女の傍に歩み寄り、肩が触れ合う距離で死に逝く太陽を眺める。

「君が早く帰って来ないのが悪いんだよ」

素知らぬ顔で遥か彼方を見やれば空は蘇芳、紅、紅梅、山吹、朽葉、縹、榛、葡萄染、青鈍、藍とその衣を替え最後の宴を楽しんでいる。ひとつ足りとて同じ色は無く、変わり行くその鮮やかな彩りを静寂の中ふたりで魅入った。

豊臣が天下を取り、季節は一巡りした。共に日の本を分かち合おうと彼は言ったが、僕はそれに応じなかった。そう長くはないこの命。悲願の夢を果たしたこの身で、最後は愛しい彼女の傍に在りたかった。

「お薬は飲まれたのですか?」
「ああ、特別苦いのをね」

そう肩を竦めて見せれば彼女がくすくすと肩を震わせるから、つられて僕の口元も緩む。そっと僕に寄り添う彼女の肩に腕を回し、静かに引き寄せた。

「…最近、咳の数が減りましたね」
「そうだね。もしかしたら君のおかげで治ったのかもしれないよ」

そう悪戯に微笑めば彼女も柔らかな笑みを浮かべる。そうしてまたふたりで沈み逝く陽を眺めた。藍や碧が空を覆い、陽は僅かな片鱗を残し水平線へと吸い込まれて逝く。散り散りになった光が夜空へと還り、星へと生まれ変わるその様の儚さよ、なんと美しいことか。

「…いつか、ふたりで流れ星を探しに行こうか」
「流れ星、ですか?」
「そう。流星群の日にね、星の軌跡を辿るんだ。光の粒が落ちるのを海沿いにふたりで追いかけて。…ああもしかしたら海に落ちるかもしれないね。困ったな、船も用意しなくちゃいけない」

穏やかに終焉へと向かう茜空。びゅうびゅうと吹きつける風にふたり寄り添って陽の最期を見送る。焼けつくような赤と透けるような藍、身も凍るような冷たい海風と僕と名前。それがこの時の世界の全てだった。

「…素敵な、夢ですね」

最後の光の筋が海に沈んだあと、すっかり空が藍の衣を纏った頃に、ぽつりと名前が柔らかな響きを落とした。その華奢な肩を強く抱き寄せ、一分の隙間もないくらいお互いを抱き寄せ合って。

「ああ…必ず、叶えてみせるよ」

いつかは訪れる、そう遠くない未来。どうしたって避けることが出来ないその別れに、君が泣き崩れてしまわぬように。出来るだけたくさんの想い出を残せたら。
そう、思うんだ。









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