冬の足音が聞こえる。ちょっと前までは長袖一枚で十分だったのに、今はもうカーディガンやマフラーがなくては外を出歩けない。学校に向かう朝は特にそう。肩を強張らせ猫背になりながらいつもとなんの変わり映えもない道を歩く。去年買ったマフラーに顔を半分埋めて、制服のポケットに両手を突っ込む。もちろん両耳にはイヤホンが装着済みだ。学校までの道のりは長いようで短い。ぼーっとしていればあっという間に着いてしまう。前方に見えて来た高校の立派な正門。この辺じゃ一番大きな学校だし、生徒数も多い。わたしと同じようにマフラーをぐるぐるに巻いた生徒たちが門を潜っていく。
正門から昇降口までの道にはテニスコートが見える。この学校は硬式テニスの全国大会常連校だし、去年も優勝したから、テニス部の扱いってちょっと特別で、普通放課後の練習は決められた時間までしかやってはいけないんだけど、テニス部だけは部長の権限で遅くまで練習することが出来る。それにテニスをする設備も整っていて、夜間照明はもちろんのこと、テニス部専用の部室棟があるくらいだ。ちらりとそちらに視線を送れば緑のフェンスの向こうではこんなに寒い中、走りこみや基礎練、試合形式の練習をするテニス部員たちがたくさんいた。放課後は応援という名目で女子が群がるフェンスも、朝早いし寒いし片手で数えられる程度しかいない。
コートの中を動き回る部員たちの中に見慣れた銀髪を見つけた。わたし以上に寒がりなソイツは、普段から猫背な背中をさらに丸めて、長袖長ズボンのジャージに身を包んでいた。さすがに部活中だからマフラーは巻けないらしく、ジャージのチャックを一番上まであげて、顎をうずめている。真田にたるんどる!と叱られなければいいけど。あんな寒がりでもちゃーんと朝起きて朝練くるんだから、なんだかんだ言ってやっぱりテニスがすきなんだね、と頬が緩む。そんな彼に心の中でこっそりエールを送って、一足先に教室を目指した。

「おはよー」
「おはゆん」

教室にはバス通で早めに着いたらしい友達のゆっこの姿。当番がもう来ていたらしく、教室の後方に設置されたストーブがごうごうと音を立てていた。

「今日も寒いねー」
「ねー。嫌になっちゃう」
「夏が恋しいよ」
「でも夏になると冬が恋しくなるんだよねー」
「たしかに」

他愛のない会話を交わしていれば、ぞくぞくと教室に入って来るクラスメイト。それぞれマフラーやネックウォーマー、耳あてを装着している。中には制服以外何も装備していない猛者もいるけど。基本的に服装検査なんかがない日は校則云々を口煩く言うひとは限られてるから、ジャケットの下にパーカーを着こんでいる男子もいる。うらやましい。前の席に座るゆっこと、右隣に座る山内くんと3人で雑談していれば、突然がばりと後ろから抱きつかれた。視界の端に見慣れた銀色が揺れる。

「仁王…」
「寒いナリ」

呆れたような顔で山内くんがわたしの首にすがりつく犯人の名を責めるように呟く。仁王はいつものコロスケ口調でそう応えると、わたしと椅子の間に体を滑り込ませてぎゅっとお腹に手を回してくる。仁王の冷たい銀髪が首に触れてくすぐったい。

「におー、朝練お疲れさま」
「ん、」

なにをするでもなくただ労いの言葉を掛ければ、仁王はわたしの首元にぐりぐりと頬をすり寄せる。椅子、仁王、わたしのサンドは、本格的な冬に入ってから毎日の日常風景となりつつある。寒がりのにおーは、冬は暖を求めてひっつき虫になるのだ。わたしと椅子の間でもぞもぞと落ち着く体勢を探し、ようやく見つけたのかぴっとりと抱きついて仁王はすやすやと浅い眠りに落ちる。

「…随分懐かれてんのな」
「そりゃあ名前は仁王の飼い主だからね」

呆れたような山内くんの言葉に、ゆっこがふふんと得意気に答える。別にわたし、仁王の飼い主になった覚えないんだけどなあ。すぴすぴとわたしの肩に額を押しつけて眠る仁王の銀色を横目に、先生が出席簿を片手に扉を開けるのを待った。



I behave like a baby to only you. Meow!



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