噎せ返る鉄の臭い。地面に伏すは赤き鎧を身に纏った兵士ばかり。踏まれ引き裂かれた六文銭の旗が赤黒い足元を覆っていた。

「早く、行け」
「アンタを置いて行ける訳ないだろ!」

佇む影はふたつ。紅蓮の装束を身につけた虎若子と瓜二つの顔を持つ少女と、迷彩柄の忍装束の男。遠くからは数多の足音と馬の蹄の音、息吐く暇も無く次の敵が迫っている。

「お前は兄様の忍だ。早く、兄様の元へ行け」
「っアンタは!」

忍の悲痛な叫びが静寂に満ちた空間に響く。青く澄み渡る空は地上の赤をより際立たせていて。

「…っアンタは、どうすんだよ…!」

まるで、今にも泣き出しそうなほど悲しげに顔を歪め、忍はやっとの思いで言葉を紡ぐ。戦場に不釣り合いな静寂が、辺りを包んでいた。

「……私は、此処で敵を引き付ける。その間にお前は兄様や独眼竜と共に織田を討て」
「アンタひとりでどうにかなる数じゃないだろう!頭を冷やせ!」
「黙れ!!」

若き虎によく似た気高き咆哮が耳を劈く。忍は一瞬怯むように身構え、そして、……彼女は今にも消え入りそうな、小さく弱々しい声をあげた。

「…私は兄様の身代わりだ。だから、頼む。最後の一瞬まで、"真田幸村"として、槍を奮わせてくれ」


―鳴呼、このひとは泣いているんだ。

遠い昔。彼女が、まだ"彼女"として生きていた頃に、一度だけこの少女の泣き顔を見たことがある。限界まで歯を食いしばり、掌に爪が食い込み血が滴るほどに拳を強く握り締め、悲しくて悲しくてどうしようもないと顔を歪めるのに、涙は決して流さない。
それが、彼女の泣き方だった。

「名前、ちゃ」
「真田家当主真田源二郎幸村が真田忍隊隊長猿飛佐助に命ず」



――織田を、討て。



「居たぞ!真田幸村だ!」
「紅蓮の若武者がいるぞ!」
「討て!」
「討ち取って名をあげろ!」

使役鳥の大鴉に肩を掴まれ、飛び立った眼下に広がる織田の軍勢。その中心に、赤く燃えるような鉢巻きを風に靡かせ、二槍を構えたその雄々しき背中はどこまでも気高く、そしてどこまでも美しかった。



「我こそが真田源二郎幸村!日の本一の兵なり!!」



静かにきみと眠ることを赦してくれ
(そう願うことさえ赦されなかった)




100711 title.へそ
身代わりとか、滾る