唇:愛情/阿部

初めてのキスに、何か特別な想い入れがあった訳じゃない。ただ初めての彼氏が出来て、初めてのキスをして、ああ、こんなもんかって思った。所詮少女漫画に描かれたような恋なんてのは幻想で、現実なんてそんなもん。夢もムードもない。ただ本当に口唇と口唇がくっついてる、それだけ。レモンの味なんて、しやしない。

「名前」

名前を呼ばれ振り返ればちゅっと軽いリップ音を立てて隆也とわたしの口唇が重なった。それは触れるだけですぐに離れていって、本当に、お子様みたいなキスで。

「え、なんだったの今の」

スポーツバックを肩に担いで部室に向かおうとする隆也のバックを引っ張って引き止めた。そうすれば隆也はちらりとこちらを一瞥し、「充電!」と言っていよいよ部室へと向かっていった。振り返りざまに見えたほんのり赤く染まった隆也の垂れ目の目元と耳殻。きっと真っ暗になるまで隆也は部活に励むんだろうけど、しょうがないから終わるまで待っていてあげることにした。


あいするということ


ファーストキスは隆也のためにとっとくんだなあ、なんて柄にもない後悔した。


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