静寂に満ちた部屋の中で、目の前に仁王立ちする佐助の足元ばかりを見つめる。なぜか。理由は至極簡単。床に正座してるからだ。

「俺様が言いたいこと、わかるよね?」

さっき見上げた佐助の笑顔。なぜだか目元に影がかかってるみたいですごくすごく怖かった。できればもう二度と見たくない。だから佐助を見上げることもせずひたすらフローリングの木目ばかりを見つめる。わたしはかろうじてクッションの上に正座をしているけれど、隣の元親はフローリングに直に正座だ。しびれそう。大きなからだを縮こめて項垂れる様はなかなか見たことがなくて新鮮。こんな状況じゃなかったら写メって政宗に送り付けていたのに。

事の始まりは10分前に遡る。
佐助の球技大会頑張ったで賞と称して我が家に遊びに来てまあなんていうか俗に言うイイ雰囲気になりかけた瞬間にわたしの部屋で漫画を読んだまま寝てたらしい元親が扉を開けて鉢合わせてしーん・・・みたいな。
気づけばふたりして正座なう。

「ふたりが幼馴染みなのは知ってたけど、これが普通なの?」
「…まぁ、はい、いつもこんな感じ、です」

佐助の見たこともない姿に思わずたじろぎながら答える。別に何か悪いことをした訳ではないのに、こうしてどもり気味になってしまうのは佐助の雰囲気故だと思う。わたしの応えを聞いて、佐助ははああああ、とそれはそれは大きなため息を吐いた。その圧力にムッとするよりも先にびくっとしてしまう。いつもの笑顔が可愛い照れ屋でヘタレな佐助はどこにいったのだろう。初めてみる佐助の一面に、正直戸惑っていた。

「…鬼の旦那」
「…わぁってる」

佐助の低い声が元親を呼んで、元親はそれに応える。わたしにはそれが何を示すのかさっぱりわからないけれど、ふたりの間では全て通じ合っているみたいだ。それに居心地が悪くなって、もぞりとクッションの上で足を動かした。

「…いくら幼馴染みだからって、名前ちゃんは女の子で、鬼の旦那は男でしょ?」

佐助の言葉に、ようやく佐助が何を言いたいのか、何を怒っているのかがなんとなく見えて来る。ただ見えてきただけで、納得はしていない。

「だって、元親と政宗は家族、で、」
「でも本当の家族じゃないでしょ?」

思わず口にした言葉は佐助によって遮られてしまう。たしかに佐助の言うとおり、わたしは女で元親と政宗は男だ。いくら幼馴染みといえど、わたしたちの距離感は普通に考えたら異常なのかもしれない。ただそれは周りからみたらであって、少なくともわたしと元親と政宗の間ではこれが普通であって、これが居心地がよくて、これが日常で。誰がなんと言おうと、いくら佐助がわたしの彼氏であろうと、そこは譲れなかった。

「…俺様だってそこまでわからず屋じゃないよ」

はあ、ともうひとつ溜息を吐いた佐助がしゃがみこんで正座をするわたしと視線を合わせる。佐助の琥珀色の瞳に映るわたしは、ひどく不貞腐れたような、敵を睨むようなそんな顔をしていた。

「ただ、俺様は名前ちゃんが好きだから、やっぱりいくら幼馴染みだからって他の男とふたりで泊ったりとかしてると思うと心配な訳さ」
「別に佐助の心配してるようなことはなにもない」
「うん、わかってる。そういう関係じゃないって信じてる。けど男心ってのはそう簡単なものじゃないんだよ」

そう言って微笑んだ佐助の笑みがすごく悲しそうで辛そうで、どうしてそんな顔をするのかわからなくてもどかしくて下唇を噛んだ。

「だからって俺がそこに干渉していいってもんじゃないからさ。だから、出来る限りでいいから、連絡して欲しい」

きゅっと膝に置かれたわたしの拳を佐助の大きな手が優しく包んで、優しく拳を解していく。琥珀色の瞳は優しいのに、どこか悲しい色を宿していて、胸の奥の奥の方がぎゅっと痛くなった。

「今日は誰とご飯だーとか誰が泊ってくとか、誰と遊んでるとか、めんどくさいだろうけど、できるだけ教えてほしい」

佐助は目をそらさない。まっすぐにわたしを見つめている。だからわたしもそらせない。なんとなく、そらしちゃいけない気がした。

「そんで、そしたら俺も出来る限りそこに加わりたい」

佐助の思わぬ言葉に、目を見開く。相変わらず佐助の瞳は、どこまでもまっすぐだった。

「名前ちゃんにとって、鬼の旦那や竜の旦那と過ごす毎日が日常であるように、俺と一緒にいる時間も、名前ちゃんにとっての日常になって欲しいんだ」

佐助の顔が、くしゃりと歪む。泣きそうなのに笑いたいというような表情に、瞳の奥がじわりと熱くなった。違う。そんな顔をさせたかったんじゃない。佐助を傷つけたかった訳じゃない。ふるふると睫毛が震える。喉の奥が引きつって痛かった。

「名前ちゃんの日常に、俺を入れて欲しい」

力強く手を握られて、泣きそうな瞳を向けられて、懇願するようなその声音に、胸が締め付けられる。どうしてわたしなんかにそんな感情を持ってくれるのか、どうしてそれをわたしに一心に向けてくれるのか、わからないことが辛かった。佐助の抱いている感情がわからなくて、応えられない自分が、返せない自分が、ひどく苦しかった。
何も口にできなくて、ただコクリと頷けば、やっぱり佐助は泣きそうな笑顔をわたしに向けた。
理由がわからない。佐助が与えてくれる感情のほんの少しもわたしは返せない。ただ、今この胸にあふれるたしかな温もりと切なさは、佐助と出会って初めて感じた紛れもない痛みだった。


泣きだした心臓


∴120219