「おはよー名前ちゃん」

朝学校に着いていつも通りに教室に向かっていつも通りSHRが始まるまで眠ろうと思ったら、いつもは昼休みに顔を出す佐助がわたしの席に座っていた。

「おはよ、佐助」

バイクに乗って大分覚醒していたから、いつもの気怠さもなく挨拶を返す。そうすれば佐助は一瞬息を詰まらせそして。

「夢じゃなかったーッ!!」

まだひとが半分も来ていない教室中に響き渡る程大きな声でガッツポーズをしながら椅子から立ち上がった。突然のことに目を丸くするわたし、とクラスメイト。どうした何があったと佐助を見守れば、当の本人は心底嬉しそうにわたしの両手をぎゅっと握った。

「名前呼び!昨日の、夢じゃなかった!」

うっすらと頬をピンク色に染めて、へにゃーっと笑う佐助に思わず胸がきゅんっとした。なんだか身体の奥からむずむずと込み上げてくる感覚に耐えられなくなって、佐助の手を振り払い軽くその夕焼け色の頭にチョップをかました。

「いたい!」
「ほ、掘り返さないでよ!こっちまで恥ずかしくなるっつーの」

うろうろと視線を彷徨わせる。なんだか佐助の顔を見てるだけで顔が熱くなりそうだったのだ。
佐助は一瞬きょとんとした眼でこちらを見上げていたけど、すぐにへにゃりと笑ってごめんごめんと呟いた。佐助がわたしの席から前の席に移動して、鞄を机にかける。今日の授業の用意は、佐助が帰ってからでいっか。

「あ!そういえば」
「ん?」
「頑張ったで賞、考えたよ」
「ん、なに?」

夕焼け色の髪を流し、前髪をポンパドールにした佐助の表情がよく見える。うっすらと頬を赤らめているとか、どこのオトメン。

「今日、さ、」
「うん」
「部活休みなのね」
「うん」
「だから、さ…」
「うん」
「名前ちゃん家、行ってもいい…?」

おずおずと尋ねられたのは予想外のお願いで。一瞬きょとんとしてしまった。

「や!駄目なら駄目って言ってね!俺様もダメ元で頼んでるから断られる準備はできてるっていうかむしろオーケーされちゃったらそれはそれで嬉しいけど悲しい複雑な心境になるか「いーよ」………え?」
「今日の放課後、うちでしょ?」

ぽかんとする佐助にもう一度いーよと応えれば、佐助は何かを耐えるように震え始めた。

「…俺様、嬉しすぎて死んじゃうかもしれない」
「大袈裟だって」
「そんなことないよ!」

両手で赤くなった頬をおさえていた佐助はがばっと机に手をついて立ち上がる。真っ赤な顔とは対照的に、目はものすごく真剣だった。

「好きな子のお家に行くんだもん、嬉しいに決まってる!」

耳まで真っ赤になってそんな恥ずかしいこと言われたら、わたしの頬もつられて熱くなった。

「…Hey、朝っぱらからこっぱずかしい会話してんじゃねーよ。しかも教室で」
「ん、おはよー政宗」

心底呆れた顔で佐助の頭の上に鞄を落とした政宗を見上げて声をかける。ちなみに佐助はわたしの机に鞄の下敷きとなって潰れている。

「っいったいなあ!なにすんのさ竜の旦那!!」
「うるせえ、そこは俺の席だ。わかったらさっさとどきやがれ」

低血圧な政宗の朝の機嫌は最悪だ。ただでさえ佐助と政宗は犬猿の仲らしいから、そりゃもう今にも喧嘩を始めそうな雰囲気で。

「佐助」
「なに?名前ちゃん」
「また昼休みね」

政宗を睨めつける佐助の髪を混ぜるようにしてくしゃりと撫でれば、佐助は一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、その後へにゃりと双眸を崩した。また昼休みね!と手を振り上機嫌で教室をあとにした佐助を見て、政宗がため息を零す。なんかごめんね、と謝れば、政宗はどかりと椅子に腰を下ろし、All right、と呟いた。

「…にしても、よく手懐けたな」
「ちょ、手懐けたってなに」
「どうみてもmasterとdogの関係だろーが」

くつくつと喉を震わせた政宗は鞄から携帯を取り出す。そうか、考えたこともなかったと頬杖をついて教室の天井を見上げた。

「…そんなつもりはないんだけどねえ」
「…ま、周りから見たら普通のカップルなんじゃねえか?」

ただちぃとばかし猿がヘタレなだけで。
パカリと青い携帯を片手で開きながら、政宗はまた楽しそうに喉を震わせる。
たしかに、政宗の言うことは一理あるかもしれない。佐助はヘタレでオトメンだし、もしかしたら心のどこかで佐助をペットのように可愛がっていたのかもしれない。だから、傍にいられるのかな、なんて考えながら、わたしはロッカーから今日の授業の用意を取り出すべく椅子を引いた。


ご主人様とワンコ


∴110907