どでかい雄叫びと応援の声、それからホイッスルの音が鳴り響くグラウンドにはたくさんの生徒たちが蠢いている。向かって右側がソフトで、左側がサッカー。今はどちらも3年VS1年のガチンコ下剋上試合が繰り広げられている。政宗が出ている試合の応援に行って、あとはぶらぶらとグラウンドを徘徊していた。

「名前」
「あ、片倉先生」

砂場あたりで砂に足で文字を書いて遊んでいたら、憧れの先生がわたしの名を呼んだ。

「応援行かないんですか?」
「政宗様は今休憩中だからな」

茶色のジャージに身を包んだ先生は、首にタオルを巻いていて、完全に農家スタイルだ。
片倉先生は政宗のお世話役で、農学科の先生でもある。一見すると、ヤのつく自由業関連の人かと疑ってしまうほど怖面な先生だけど、実はとっても優しくていい人。大人で紳士だし、包容力もある。わたしのタイプど真ん中。ちなみに先生が育てた野菜は美味しすぎて農学科の伝説になっているらしい。

「お前は行かなくていいのか」
「政宗の応援には行きましたよ」
「長曾我部はどうした」
「………」

片倉先生は、わたしと政宗と元親の3人が幼なじみなのを知ってる。だからそう尋ねたんだろうけど。

「…お前、佐助と俺、どっちの応援すんだ?」

…あの日以来、元親とは話していない。お互いバイトで忙しかったし、元親だって、毎日家にきている訳じゃないからこれが普通なのかもしれないけど、わたしが気まずく感じているのは事実で。

「…彼氏と幼なじみ、どっちを応援すべきなんですかね」

俯き、ぽつりと呟いた言葉は周りの歓声に紛れて消えてしまう。今日までずっと考えて来たけど、わたしはあの日からずっと答えを出せないでいる。

「んなの決まってんじゃねぇか」

片倉先生の低い声が鼓膜を震わせ、大きな手がぽんと頭に乗せられる。

「名前が応援したいように応援する、そうだろ?」

見上げた先の片倉先生は優しい笑みを浮かべていて。…目から鱗が落ちた気分だった。

「ありがと、片倉先生」

頭に乗ったままの先生の手をぎゅっと握ってから、わたしは体育館へ走りだした。



体育館はグラウンド以上の盛り上がりを見せていた。上通路は数えきれないくらいの女子で埋め尽くされていて、掲示板に貼られたトーナメント表は工業科の決勝。クラスは機械科3年A組と機械科2年A組。元親と佐助のクラスだ。試合は白熱してるみたいで、点差は6点。元親のクラスの方が上だ。
紫色のゼッケンを着けた元親がバスケボールを自由自在に操る。負けじと緑色のゼッケンを着けた佐助が懸命に元親に食い下がる。元親や佐助、他のメンバーがゴールを決める度にあがる歓声は半分以上が女の子の黄色い声に塗り替えられる。
上通路の空いた一角の手すりを掴んで白熱する試合を眺めていると、不意に元親と目が合った気がした。

「名前ッ!!」

元親がわたしの名を呼び、一気にコートを駆け抜ける。佐助や相手チームを見事なドリブルで躱し、跳躍。そして思い切りゴールにボールを叩きつけた。派手な音を立てて軋むゴール。
初めて生で見るダンクシュートの迫力に圧倒されていると、元親がわたしを見上げてピースをした。

(かっこよかっただろ?)

そう口パクしてから、元親はまた試合に戻って行った。
…ちくしょう。かっこよかった。
火照る頬をおさえて流れるように進む試合に再び視線を落とす。元親のダンクシュートの後2年生がスリーポイントを決め、点差は5になっていた。

「名前ちゃん!!」

味方からパスを受け取った佐助がわたしの名を呼ぶ。敵のカットを振り切ってコートの半分以上後ろから、ゴールに向かって思い切りボールを放った。綺麗な弧を描いてボールはゴールのネットをくぐる。
まさかのロングシュートに会場がどっと湧いた。女の子たちの黄色い声を浴びながら佐助はくるりと振り返ると、わたしに向かってちゅっと両手で投げキッスをした。きゃああああという甲高い声の中で、佐助はウインクをひとつしてまた試合に戻る。
…頬の熱は、しばらく引いてくれそうにない。
羞恥に歪む口元を抑えている間にも試合はどんどん進み、あっという間に点差は2点にまで縮んでいた。
元親の猛攻に佐助が必死に食い下がり、レイアップを阻止する。味方にパスをし、巻き返しに出るが惜しくもボールはゴールに弾かれてしまった。
ごくり、渇いた喉を潤し、冷たい手すりを握る。この凄まじい声援に負けないように、精一杯息を吸い込んだ。

「ふたりとも頑張れぇええ!!」

名前は呼ばなかったけれど、きっとわたしの声はふたりに届いたんだと思う。ふたりがゆっくりと拳を高く上げたから。
弾かれたボールを3年チームが取り、元親にパスを出す。元親はパスを受け取ると、なんなくスリーポイントを決めてしまう。これで点差は5。
次に2年チームからのロングパスを受け取った佐助が、軽やかな身のこなしでドリブルをし、ゴールへと一直線に走る。そうしてゴール前の味方にパスをするも、相手に囲まれてシュートを決めることができず、再び佐助にパスが回ってくる。それをジャンプしながら受け止めた佐助が、手首を返し、まるで入るのが当然だというようにボールがゴールに吸い込まれていく。
湧き上がる歓声の中、仲間とハイタッチする間もなく試合は進んで行く。佐助がスリーポイントを決めたことで点差は2点に逆戻りした。
残り時間はあと1分を切ったところ。両チームとも攻めの姿勢を崩さない試合に、体育館は今日一番の盛り上がりを見せていた。
巧みなパス回しで3年チームがゴール前まで攻める。が、寸でのところでカットされてしまった。そうしてまた流れは2年生に変わる。ゴール前にいる仲間にロングパスを繰り出すも、一番背のある元親の跳躍によりブロックされてしまう。そうして元親は器用に片足で着地すると、一気にゴール前まで詰め寄る。そうしてダンクを決める寸前で元親の手からボールを奪い取ったのは緑色のゼッケン。佐助だ。
鮮やかなドリブルでひらりと相手チームの間を抜け、一気にスリーポイントゾーンまで詰める。残り時間は10秒を切った。敵のカットを躱し、綺麗なフォームで佐助がシュートを決める。綺麗な弧を描いて、ゴールの網を揺らしたボール。スリーポイントが決まった。そうして2年生の勝利のまま試合終了の合図が鳴り響く筈だった。
しかし、佐助を追ってゴール前まで来ていた元親が、ボールを自ゴールの真下から相手ゴールまで振りかぶり、思い切りぶん投げた。
まさか、体育館中が固唾を飲んでボールの軌道を辿る。
そしてボールは勢いをそのままに、バックボードに跳ね返りゴールの網をくぐった。
ピーッという試合終了のホイッスルが鳴り響くのと、ボールが床をバウンドするのは同時だった。

わあああああっと会場が歓声に包まれる。3年のチームが元親にタックルを決め、肩を組んで笑みを浮かべる。そこにやれやれといった雰囲気の佐助が、元親に握手を求めに入る。握手だけじゃなく、肩を引き寄せばしばしと背中をたたき合うふたり。汗だくになりながら本当にいい試合をした者同士、お互いの勇姿を讃え合っている様がよくわかった。
わたしはそんなふたりに小さく拍手を送ってから、体育館を後にした。



輝く青春の汗


∴110604