やっぱりというかなんというか当たり前のように昼休みに教室に現れた佐助は、わたしの前の政宗の席に陣取るといきなり頭を下げて今日の放課後は部活があるから一緒にいられないと言った。

「本当にごめんね?」
「いやいやいや、謝ることじゃないよ」
「うー…名前ちゃんはいいかもだけどさあ、俺様は一緒にいたかったんだもん」

机に突っ伏して口唇をとがらせるその仕草がなんだか可愛くて。

「そういえば何部だっけ?」
「バスケ部だよ!これでもエース!」
「へぇ、すごいね。終わるの何時くらい?」
「んー大体7時くらいかなあ」
「じゃあ図書室で待ってるよ」

イチゴ牛乳を飲みながらそう告げれば、佐助は一瞬ぱあっと顔を輝かせたけど、すぐに残念そうに眉根を寄せてふるふるとかぶりを振った。

「嬉しいけど、名前ちゃんの親御さんが心配しちゃうから」
「うち、親いないから大丈夫だよ?それに読みたい本もあるし」

ね?と首を傾げると、ぱちくりと何回か瞬きを繰り返したあと、ふにゃんと嬉しそうな笑みを浮かべた佐助がじゃあ、待っててとわたしの手を握った。




放課後の図書室を利用する生徒は意外と多い。うちの高校は、普通科・工業科・商業科・農学科が中央の中庭を囲むように建っていて、図書室や体育館、プールなどの共有施設は門をくぐって正面の工業科と商業科の間に建てられている。我が校自慢の図書室は、とても古い蔵書から発売されたばかりの新書まで用意されていて、専門的な調べ事をするのにも、暇を潰すのにもなかなか快適な場所だ。地域の図書館より立派かもしれない。
それに合わせて生徒数も多いため、いろんな科の生徒が各々自分の世界にふけっている。
そんな中、お目当ての本を手に、勉強ルームとは反対方向のソファーテーブルが用意されているコーナーに向かう。

「あ、」

見知った先客に思わず口から音が漏れ、慌てて手で塞いだ。涼やかな切れ長の目でこちらを一瞥してから、ナリ先輩ははあと溜め息を吐いてわたしが座れるようにソファの上で少しだけ体をずらしてくれた。

「ありがとうございます」

小さな声でお礼を言ってから、人一人分のスペースが空いたそこに腰を下ろす。
普通科のナリ先輩は、元親の幼馴染み。わたしもそれなりに長い付き合いで、何かとよくしてもらっている。秀才かつ冷静で、元親と全く正反対の性格をしているのに腐れ縁だなんだいいつつそれなりに仲が良い眉目秀麗なこのお方。ちなみに普通科の生徒会長だったりもする。

「…貴様にも、ようやく男が出来たのだな」

読み始めてどれくらい経ったのだろうか。窓から赤い西日が射し、手の中の本に挟まれたしおりが三分の一くらい進んだところで、不意にナリ先輩がぽつりと呟いた。

「げ。やっぱり普通科の方にまで噂広まってるんですね」

そう顔を顰めるわたしに、ナリ先輩はふんと鼻を鳴らす。

「下らぬ噂などたてられたくなかったら即刻別れることだな」
「ナリ先輩らしいですな」

分厚い本に視線を落としたままばっさりとそう言い放つナリ先輩の物言いに苦笑を超えて笑いがこみあげる。相変わらずだなあ。

「…馬鹿鬼は何か言っておったか」
「わたしが絶対泣くって。そんなにわたし泣き虫なんですかね」
「貴様のことなど我が把握しているわけないだろう」
「ですよねー」

冷たい言葉に傷つくことはない。ナリ先輩はわたしに対して悪意を持ってなにか口にすることはないから、先輩はあくまで事実を述べているだけだ。

「…少なくとも我は貴様の泣き顔を見たことはない」

赤く燃える夕陽を受けて、ナリ先輩の白磁の肌が橙色に染まる。伏せられた長い睫毛が静かに閉じる。

「泣くな。腑抜けた鬼の始末など、我は引き受けぬぞ」

伏せられた睫毛がふるりと持ち上がって綺麗な焦げ茶色の瞳がわたしをとらえる。

「善処します」

先輩の不器用な優しさはいつもわたしの胸を温めてくれる。背筋を正して頭を下げれば、ナリ先輩は満足したのかふんと鼻を鳴らして再び分厚い本に視線を落とした。




あんなに赤かった空は今ではすっかり藍色に塗り潰され、少しだけ肌寒い。

「名前ちゃん」

差し出されたのは大きくて骨張った手。そっと重ねればわたしより少しだけ高い体温が手を包む。

「へへっ」

照れ臭そうに笑う佐助のほっぺは、電灯の下でほんのりピンクに染まっていて。繋いだ手をぎゅっと握り締めてみた。


放課後の逢瀬


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