バイクを走らせること5分ちょっとで、目的地のゲーセンへと到着。ものすごーく久しぶりに訪れたそこは外装も内装も、駐車場の面積まで変わっていて。以前のショボさを微塵も感じさせない程に改装されていた。
ヘルメットを持ったままほけーっとゲーセンを見上げていれば猿飛がくすりと笑った。

「初めて来たの?」
「いや…もう随分前に来たっきりで」
「ああ、じゃあすっかり大きくなっちゃったし、びっくりするよね」

ヘルメットを外した猿飛が同じようにネオンが輝く建物を見上げる。
本当に久しぶりだ。小学生のころ、お母さんにねだって連れて来てもらったことがあった。特になにをしたかった訳でもないのに、ただゲームセンターという場所がとても魅力的に思えて。渋る母の手をぐいぐい引っ張って行った覚えがある。懐かしい思い出だ。



ふたり並んで店内に入れば、がやがやと騒がしい雑音の波が鼓膜を襲う。大音量で流れるBGMやゲームのSE。目に悪そうなちかちかとした原色やショッキングピンクなどをぽかんと眺めていたら猿飛がわたしの手を取った。

「まずはUFOキャッチャーでしょ!」

にかっと笑みを浮かべてわたしの手を引いた猿飛は妙に白が眩しいコーナーへと引っ張っていった。




がこん、という音がして今流行りのクマのキャラクターのぬいぐるみが取り出し口に落下してくる。

「おー、名前ちゃんなかなかやるねー!」

それをしゃがんで取り出せば、ふわふわと触り心地のいいクマが我が手にしっくりと落ち着く。どうやらわたしは案外こういうのが得意みたいです。さっきから猿飛とふたり交換交換で挑戦してるけど大体8割くらいの確率でなにかしら取れてる。おかげでリュックの中にぬいぐるみやらキーホルダーやらお菓子やらシュシュなんかがどんどん増えていってる。いや、嬉しいんだけどね。

「名前ちゃんって、ぬいぐるみ好きでしょ」
「え、うん、なんで?」
「んー?なんとなくそうかなって」

昨日とは打って変わって猿飛の笑顔に胡散臭さが感じられない。ただひたすらに照れ臭そうだったりはにかんでたり無邪気だったり。裏がない、とまでは言わないけれど、相手に壁を感じさせない程度には自然な笑顔を向けて来るのだ。

「猿飛くん、は?」
「あ!」
「え?」
「その猿飛くんって、なんかヤダ」
「え、」
「佐助って、呼んでよ」

にこにこと、これまたどこまでも邪気の感じられない笑顔を向けられ、たじたじと身体が引き気味になりながらも、さ、佐助くん、とご要望に応えてみた。

「んー本当は呼び捨てがいいけど…ま、いっか!うん、嬉しい」

軽く頬を桃色に染めてにへらーっと笑う猿…佐助に、思わずこっちのほっぺまで赤く染まりそうで、手の中におさまっていたクマをぐいぐいと佐助の顔に押し付けてやった。

「んんーッ!!何すんのさ!」
「う、うっさい!」

きっと普段より赤が目立つであろう自分の顔を見られたくなくて、声を上げる佐助の顔に更にクマを押しつける。かわいくない照れ隠しだってわかってるけどこんなときどうしたらいいかなんて恋愛初心者のわたしにわかる訳がない。若干自棄になりながら佐助の顔にクマを押しつけていれば、不意に誰かが佐助の名前を呼んだ。

「あれ?佐助じゃね?」
「え、うっそー」

その声に反応して振り返れば、制服を着崩した男女の6人程の集団がこちらというか佐助をガン見していた。制服が違うから婆娑高ではないだろう。そちらに気をとられて腕の力が抜ければ、わたしの腕を掴んでもがもが言っていた佐助の顔からクマが剥がれる。もう、名前ちゃんってばひどいよ!とぷんすか肩をいからせた佐助だけど、こちらに向けられた視線に気が付いたのか、小さくあー…と声を漏らした。

「あ!やっぱり佐助じゃーん!」
「どもーお久でーす」

佐助の顔を認識してぞろぞろとこちらに近づいてくる集団に、佐助があの仮面みたいな笑顔を浮かべてひらひらと手を振る。知り合い、だったのか。そのことに驚きながらも事の成り行きを見守ることにした。

「めっちゃ久しぶりー!去年の夏以来じゃね?」
「元気してたー?」
「真田も元気ー?」
「ちょっ、んないっぺんに聞かれても答えられないっつーの」

わらわらと佐助を囲むように集まるひとたち。困ったように笑う佐助の顔を見上げた。

「なんだよ全然連絡くんないとかマジ水臭ぇーなあ」
「ごめんごめん、俺様も忙しくてさー」

がしがしと頭の後ろを掻いて片手で謝罪のポーズを取る佐助。口ぶりからして中学の時の同級生なのかなーっとぼうとその様子を眺めていた。するとふと一番前でけらけらと笑っていた茶髪で長髪の男と目が合った。

「え、佐助、この子新しい彼女?」
「え、あー、うん。そうだけど…」
「なんだよなんだよ!こんなカワイイ子いたんなら紹介しろよなお前ー!」

げし、と佐助の脹脛を蹴ったり肩を叩いたりする男子たち。いきなり自分が話題にのぼってしまったことに若干の気まずさを感じ目を逸らすと、ひとりのかわいらしい女の子と目が合った。

「…ねーぇ、最近佐助が遊んでくれなくなったのって、この子が彼女になったからー?」

くるくると綺麗に巻かれた髪の毛を揺らしながら、その女の子が佐助の腕に自分の腕を絡め可愛らしく小首を傾げる。なるほど、ああいう風にすれば男は喜ぶのか。

「ちょっ、バカお前、彼女がいる前でそういう話すんじゃねえよ!」

集団の中にいたひとりの男子が慌てたようにその子の頭をばしりとはたいて、佐助の腕からひっぺがす。

「いったあーい!!」
「うるせ!お前は黙っとけ」
「さ、佐助!デートの邪魔してごめんな!また今度遊ぼーぜ!」

ばたばたぎゃあぎゃあと去って行く集団。両手を合わせて悪い!と頭を下げた男子が手を振りながらだだだだっと去って行って、周りが一気に静かになり、店内のBGMが聞こえるようになった。いや別に聞いてないけど。そういえばまだクマを持ったままだったと肩からリュックを下ろしてカバンの中にインする。クマの名前、何がいいかなとか考えていたら、ぽつりと佐助が口を開いた。

「……怒った?」
「へ?」

突然の問いかけに思わず肩にかけたリュックがずり下がる。顔色からどういう意味か判断しようと思ったんだけど、佐助は俯いたままで顔を上げない。えーと、なにが起きたんだ?うーん…と顎に手をおいて考えてみる。

「…えーと、それはつまり佐助くんがあの女の子と遊んでたことに対して…ってことでいいのかな?」

そう問えば、こくりと頷く佐助。なんだその仕草かわいいな。ってそうじゃなくて。なるほど、それはつまりあの子に対して嫉妬したかってこと…だよね?
いやでも正直なところ現段階で佐助に対してわたし恋愛感情的な甘ったるい想いを抱いてないからなあ。かわいいヤツだなーって好感だけだし。
つまりわたしは嫉妬なんていう感情を抱くほど佐助を好きじゃない…っていうのは言わない方が、いいんだろうな、うん。仮にも彼女な訳だしちょっとはそれらしくしないと、だと、思う。

「別に、佐助くんの過去をとやかく言うつもりはないよ」

そう答えれば、がばっと勢いよく顔を上げる佐助。おおう、びっくりした。

「もともと女癖がよくないのはかすがから聞いてたし、なんていうか、それが佐助くんにとって普通だったんでしょ?」

佐助の琥珀色の瞳を見つめてそう問いかければ、佐助は数瞬の間、逡巡するように目を泳がせ、そしてこくりと首を縦に振った。

「だったらわたしは佐助くんの過去を詮索するつもりはない。その過去があったから今の佐助くんがある訳だし、それでいいんじゃないかなって、思うんだけど…」

変かな?と曖昧に笑って首を傾げれば、佐助は驚いたように目を見開いている。あれ、なんかおかしいこと言ったかなわたし。あわあわと自分が口にした言葉を頭の中で反芻して、変なところを探す。ああああこんなときどうしたらいいのか、誰か模範解答を教えてください…!
顔には出さずに頭の中が大混乱中なわたしの指を、佐助がそっと絡め取る。
突然のその行動に首を傾げれば、さっきまで不安とか怯えの色がチラついていた佐助の瞳に、強い光が宿っていた。

「…俺様、名前ちゃんに好きになってもらえるよう頑張るから」

両手をぎゅっと握られそんなことを真剣に言われてしまえば、無碍に笑い飛ばすこともできず。

「え、ああ…そ、そっか…」

引き攣った笑みを浮かべながら、とても微妙な感じで頷くしかありませんでした。まる。


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