朝はそれほど得意じゃない。
身体も頭も重いし、なにより他の欲求よりも大分強い睡眠欲がもっともっとと脳に惰眠を訴えかけるからだ。上半身を起こし、カーテンの隙間から射す柔らかな陽射しをぼうと眺める。パソコンに例えるならローディング状態。その体勢のまま10分程経ってからのそのそと起き出し、時計を確認。
7:10…うん、間に合う。
のっそりと未だにだるさが残る身体を起こし朝の身支度を始める。朝ご飯は食べられないし、化粧とか髪のセットとかも特にしないので、ものの20分ほどで全ての準備が完了する。ジャンバーを羽織りあまり物が入っていない軽いリュックを背負って、バイクの鍵を握る。いつも忘れる携帯も、今日は忘れずにカーディガンのポケットにインしといた。

がちゃりと重い音を立てて開いたドアの向こうは眩しいほどの青い空。今日もいい天気だなあとかのんびり考えつつ鍵をかける。そうすれば隣りの部屋のドアが開いて紫色のジャケットを着た元親がのっそりと出て来た。

「おはよー」
「おう」
「今日は学校サボんないんだね」
「うるせえ」

同じく鍵を掛ける元親に向かってにやにやとそう告げれば低血圧な元親の鋭い左目がわたしを刺す。姫ってばこわーい!と口に手を当てて大袈裟に肩をすくめれば、本当にぎろりと音が聞こえてきそうな勢いで元親がわたしを睨む。その様子にせこせこと背を向け、アパートの階段を降りる。
いじめすぎると痛い目をみるのは経験上嫌というほど知っている。

カンカンカンと音を立てて最後の段を飛び降り、駐輪場に置いてある原付に鍵を差す。ヘルメットを装着していればのそのそと元親も駐輪場に現れ、自分の中型のバイクに鍵を差す。学校の登校で許可されているのは原付だけだけど、元親は学校近くの仲間の家にバイクを止めさせてもらって、そこから歩いて登校している。ずるい。

「じゃあねー」

一足先に原付に跨り、アクセルを握る。ぶいんと独特の音を立てて発進したバイク。風を肌で感じることができるこの乗り物がわたしはとても好きだ。頭が冴えるし、何より気持ちいい。爽快だ。バイクに乗って初めてわたしの頭は覚醒する。バイク最高大好き。

途中でコンビニに寄りお昼用のパンを買って、学校に着くのは大体8:20くらい。
ロッカーから今日の教科を取り出し机に突っ込んでイヤホンを装着すればあとはもう寝るだけ。先生が来るまでわたしは惰眠を貪る訳だが。

「おはよー名前ちゃん」

…またもこの男にわたしの睡眠は邪魔されるらしい。ちくしょう。
むっくりと机に突っ伏していた身体を起こし、多少目つきは悪いとは思うが、案の定窓枠に肘を突いた猿飛佐助の方を向いておはようと言った。

「昨日はありがとねー」
「…なにが?」

相変わらずのにこにこ笑顔を浮かべながら、猿飛はわたしに礼を述べた。それに対してなんの心当たりもなかったわたしは思わずきょとんと首を傾げてしまった。そうすれば猿飛は自身の夕焼け色の頭を指差し、あたま、と口を開いた。

「撫でてくれて、さ」

そうして少し照れ臭そうな笑みを浮かべる猿飛に、不覚にもちょっとキュンとした。

「そんな訳で名前ちゃん!」
「は、はい?」
「俺様とメアド交換してください!」

ビシッという効果音が似合う動作で差し出された迷彩柄の携帯。初めて見る真剣な表情を浮かべた猿飛にちょっと気圧されながらも、ああ…うん、と頷いて、自身の携帯を取り出す。

「ホント!?いやーよかったー!昨日聞きそびれちゃったからさー」

にこにこと昨日までとは違う嬉しそうな笑みを浮かべて赤外線の用意をする猿飛にちょっと驚きながら、自分も赤外線の用意をする。携帯同士をかざして、お互いのアドレスを交換すれば、猿飛は嬉しそうに携帯を閉じた。うーん、どうした、今日なんか違うぞ。ってもわたしが知ってる猿飛は昨日接した猿飛だけだからよくわからないけど明らかに今日は態度っていうかオーラが違うんですけど何これどうした。
頭の中が大混乱なわたしに猿飛が気付くはずもなく、そのままんじゃまたねーと手を振りながら去ってしまった。

手のひらに残ったのはすっかり体温に馴染んでしまった携帯。
ひとり分のアドレスが増えたそれの質量が変わる筈もないのだけれど、なんだか急に大切なものに思えて。
カーディガンの裾で指紋のついた画面をぐいっと拭ってみた。


お付き合い2日目、朝。


∴110325