ごしごし、と汚れたお皿を洗う。節水に心がけているためもちろん水は止めてある。リビングからは元親が見ているであろうテレビの音が絶え間なく聞こえてくる。
ご飯を食べ終えた政宗はついさっき自分の家へと帰って行った。畜生、片倉先生と同居とかずるいわたしも混ぜろ。とか思いつつお皿を洗う。

「元親ー、コーヒーはー?」
「おう、もらう」

ごしごしと洗う手を止めないまま尋ねれば、短い返事が返って来る。今日はいつにも増して無口だなーとか思っていれば、のそりと元親がわたしの背後に立った。

「んー?どったの?」
「いや、なんか手伝う」
「お、いい心がけだね元親くん。じゃあその前にテレビの電源を消してくれ」

節電は普段のちょっとした心がけから!と泡だらけの人差し指を立てれば、元親はおーと緩い返事をしてテレビを消しに行く。うん、素直な子は好きだよ。そうして戻って来た元親に洗ったお皿拭きを頼んで、ふたりで狭いシンクに並んでもくもくと作業をする。

「…なあ」
「んー?」
「俺たちって、いつ別れたんだ?」

さーさーと、蛇口から水の流れる音がする。お皿を濯ぐ手が、一瞬止まった。

「…いつって、わたしが転校したときでしょ?」
「俺は別れようって言ったつもりねーぞ」
「じゃあ今も付き合ってるって?」

わたしの問いかけに元親はうっと言葉を詰まらせる。泡のついた手を濯いでエプロンで拭けば、元親は黙ったままお皿を拭き始めた。その様子にはあ、とひとつため息を吐いてから、のんびりと口を開く。

「わたしが付き合ってたのは姫ちゃんだよ」
「おまっ…!!」

にやにやと笑いながらそう告げてみれば、元親が自分のマグカップをシンクにごとんっと落とした。

小学生のころにわたしが付き合っていたのは姫チカちゃん。ひとつ年上なのに女の子みたいに可愛くて、ふわふわしてて、いっつもわたしの後ろをちょこちょこと着いて回って来て。姫ちゃんが男の子なのを知らなかった政宗が姫ちゃんのことが好きで、姫ちゃんがわたしのことが好きで、ずっと一緒に居てって姫ちゃんに言われたわたしがいいよーって言ってそれからお付き合いが始まった、らしい。でも中学1年生のときにわたしの家の事情で、お父さんの単身赴任に着いて行って、そして高校でこちらに帰って来たらびっくり。
あの可愛かった姫ちゃんが不良を纏めまくるがたいのいいワルメンに大変身を遂げていたのだ。
という訳でまあ別れはお互い告げなかったけれど当然わたしと元親はもう付き合ってない訳で。

「でもまー幼馴染みじゃなかったらわたし元親ともう一回付き合ってたのかも」
「…はぁ!?」
「だって、長身でワルメンで包容力があって不器用なのに優しいとかわたしのタイプど真ん中だもん」

実際わたしのタイプは元親のようなひとである。だけど幼馴染みは近すぎてそういう対象にならないのだ。世界はわたしに優しくない、とか言ってみる。

「…浮気しやがったって猿飛に言ってやる」

広くて大きな背中を丸めてぶつくさと拗ねたように唇を尖らせる元親。図体ばっかり大きくなって、中身はまだまだこどもだったりするこのひとつ年上の男が可愛くて可愛くて。

「よしよし、ごめんねーイジめて」

背伸びをしてその綺麗でふわふわな銀髪をわしゃわしゃと撫でてあげる。そうすれば元親は突然わたしのことをぎゅっと抱きしめて、わたしの肩に顎を乗せる。

「んー?どったの?」
「…お前、絶対泣くぞ」
「なーにさ、元親ってば心配症?」
「うるせえ、…お前絶対泣くかんな」
「わたしそんな泣き虫じゃないよー」
「いや絶対泣く絶対後悔する」
「もー、なんなのさ」

元親がしゃべる度に肩の上で顎が動いてくすぐったい。元親の胸をぐいぐい押してもびくともしなくて、ちょっと鳩尾殴ったろかああん?ってなりかけた。
でも元親がわたしを抱き締める力をぎゅって強くするから。

「…キツくなったら、ぜってぇ言えよ」

うん、わかってるよ、って言って、元親の服の裾をぎゅっと握る。
泣きそうなのは、元親の方だって思った。


心配症な元カレ


∴110321