授業は大体ぼうとしているうちに終わっている。もちろんノートも取るし、話も半分くらいはちゃんと聞いてる。けど落書きしたり音楽聞いたり寝たりいろいろわたしも忙しいのだ。無限にはない自分の時間をいかに有益に過ごすか。それに人生をかけているといっても過言ではない。

「はいじゃあまた明日なー」

担任のゆるーい挨拶でみんながぞろぞろと鞄を手に、掃除に行ったり帰宅したりする波にわたしも紛れようとしたときだった。

「名前ちゃん、」

廊下側の窓、つまりわたしの席の真横から猿飛佐助が顔を出した。

「ああ、そっか。忘れてた」
「えー、ひどいなあ、もう」

部活もないし、(あってもやる気ないから今日は行かなかったろうけど)さっさと帰ってゲームでもやろうと頭の中で描いていた計画は見事に目の前の男によってぶち壊された。このやろう。

「どうする?どっか行く?」
「どっかって?」
「マックとか」
「あー…どっちでもいーよ」

そういうと猿飛佐助はうーん…と顎に手を置いて悩む素振りをみせる。イヤホンから流れて来るお気に入りの曲に、心が和む。

「じゃあ教室で」
「ん、りょーかい」

猿飛の言葉に、背負っていたリュックをそのまま自分の机の脇にかけ、椅子を引く。そうすれば猿飛佐助は後ろのドアからおじゃましまーすとかなんとか言って教室に入り、わたしの前の席に腰を下ろした。教室掃除をするクラスメイトからのちらちらとした視線を受けつつ、ウォークマンの電源を落とす。ひとと話すときは、音楽聞いちゃ、だめってね。

「んじゃ、自己紹介する?」
「あいよー」
「機械科2年A組猿飛佐助です、よろしくー」
「建設工学科2年A組苗字名前です、よろしくお願いしまーす」

お互い机を挟んで向かい合って、ぺこりと頭を下げる。これなんて奇妙な光景なんだろう。おもしろいかも。

「なにはなす?」
「なんでも」
「じゃあまずはお互いのこと知るためにも、質問会とかってどう?」
「いいんじゃないですか」

猿飛佐助は、よく表情が変わる。ころころ変わる。けどどれも心からのものに見えない。これが、かすがの言っていた”喰えない”部分なのだろうか。
そんなわたしの思考とは関係なく、猿飛佐助はにこりと笑う。

「初恋はいつ?」
「ない」
「へー!恋したことないんだ!」
「うん、」
「じゃあ付き合ったこともないの?」
「あー……まあ、一回だけ?」
「え、いついつ?」
「小学校のときに、んーと、女の子みたいな男の子と」
「へえ!なんか微笑ましーね」
「うん…まあ、ね」

当時のことを思い返すと今はもう苦笑しかでない。小学生で付き合ってるとかどんだけマセてたんだろうわたし。あの頃は純粋だったんだよ、うん。

「じゃあファーストキスもまだ?」
「うん、まだだけど」
「へえ、意外」
「なんで?」
「だって名前ちゃんかわいーからさ、もうとっくに誰かに奪われちゃってるかと思って」

にこにこと人のイイ笑みを浮かべる猿飛佐助。
ああ、これだ。”喰えない”と感じる理由。
目も口も、全部完璧なまでに笑っているのに、完璧すぎて隙がなくて、仮面みたい見える。まあ実際仮面なのかもしれないけれど。

「…わたしが可愛く見えるんだったら猿飛くんは眼科に行くべきだね」
「んふー、俺様これでも視力2.0」

頬杖をついて、猿飛佐助は笑う、笑う。ああ、なんか親近感、湧いてきたかも。

「猿飛くんの、初恋は?」

不意に口をついて出た言葉。別に他意はない。わたしばっかり聞かれてるから、こっちからも質問してみようかと、同じ質問を返してみただけ。
それなのに。

「…ん?俺様の初恋?なんか照れるなあ」

一瞬、垣間見えた、泣きそうな顔。それはすぐにあの仮面みたいな笑顔で掻き消されてしまったけれど、たしかに猿飛佐助の顔が悲しげに揺らいだのだ。

「実はかすがなんだー」

内緒だよ?と言って自分の口唇に人差し指を当てた猿飛佐助の言葉に、ああ、と納得する。
そうか、そういうことか。
背負われたままのリュック、常に相手の言動に向けられた瞳、言葉の合間に腕時計に触れるその仕草。
ようやっと辻褄が合った。

「素敵な恋だったんだね」
「……どういう意味?」
「だって、かすがが初恋の相手なんでしょう?」

それって、すごい素敵なことじゃない。
気付けば教室には誰も残ってなんかいなくて。教室の隅っこに、わたしと猿飛佐助だけ。黒板には明日の連絡事項が書かれていて、ブラスバンド部の練習の音が聞こえてくる。
目の前の男は人一倍警戒心が強いくせに、人一倍寂しがり屋で。
だから他人に自分を受け入れてもらえるか試そうとする。
ああ、なんて不器用な男だろう。
目の前でぽろぽろと涙を流す猿飛佐助を見て、自然と頬が緩むのを感じた。

「あ、あれ…?俺様、なんで…」

言いながらも、涙が止まらないらしい猿飛佐助はぐしぐしとカーディガンの裾で目元を拭う。なんだかその仕草が、小さな子どもみたいで。

「よしよし」

身を乗り出して猿飛の頭をぽんぽんと撫でる。きれいな夕焼け色の髪は、見た目よりずっと柔らかかった。


不器用なおとこのこ


∴110319