学校の勉強はそこまで努力しなくても勝手にできるし運動もそこそこできるし大体のことはある程度実践すればどんなことでもこなせるし職業適性検査ではほぼどんな職業でも自分の才能を活かせるでしょうという判定になる。
そんな感じで生まれて来たわたしは見事にやる気のない脱力系女子に育ちました。

「名前ちゃん」

神聖なる学校の休み時間における睡眠を邪魔するように誰かがわたしの名前を呼ぶ。誰だひとの貴重な睡眠時間を妨げる不届き者はと思ったが顔を上げることすら億劫で丁度いいことにウォークマンのイヤホンを両耳に突っ込んでいたのを思い出し無視することにした。

「名前ちゃん」

また声がした。結構な大音量で音楽を聴いているというのにこんなにも声がはっきりと聞こえるのはどういうことだ。そんな大声で名前を連呼しているというのかなんて傍迷惑な輩だ。しかも声からして聞き覚えがない。知り合いではないのだろうか。

「名前ちゃんってば、」

いい加減ウザったくなって来たのでかなり不機嫌な顔で腕から目だけを覗かせ声の主を睨みつける。

「…なに、」

このときの自分の顔はちょっと鏡で見たくないくらい凶暴なものだったと思う。声もいつもの数段低かった。寧ろ女子と名乗ってはいけないくらいに女の子としてどうよな行動だった自覚はある。あああるともさ。だが私はやめる気は更々ない。憧れの片倉先生に話しかけられたならまだしもこんな見ず知らずの男に愛想を振りまくような趣味もなければ愛嬌もない。

「あ、やっと起きたー」

廊下側後ろから三番目。廊下に面した窓を開ければ階段を行き交う生徒や先生たちの観察ができるこの中途半端な席が自分はお気に入りだ。音楽を聴いていてもバレないし落書きをしていても誰にも見られないし漫画や小説を読んでいても誰にも咎められない。けどその窓枠に肘を突いてひとのイイ笑みを浮かべている男を脳が認識した瞬間この間のくじでこの席を引いた自分を酷く恨んだ。

「…何か御用ですか」

目の前の男は自分と同じ高2の同級生でちょっとした有名人。機械科の猿飛佐助だった。成績優秀スポーツ万能顔もよけりゃ人当たりもよしでちょっとばかし素行はよろしくないがそんなの平気でカバーできるくらいに先生方に気に入られている学校の権力者。よくクラスの子が機械科の女の子と目の保養だなんだときゃーきゃー黄色い声を上げながら遠目に眺めていた光景は記憶に新しい。でも正直わたしとは関わり合いないし、てか、しゃべったこともない。そんな相手に(睡眠を邪魔されたのが主な原因だが)警戒心たっぷりに少しだけ腕から顔を覗かせてそう問えば、猿飛佐助はにっこりと爽やかな笑みを浮かべた。ぼさぼさであろう髪が視界を遮る。ああウザったいまた切ってやろうか。

「あのさ、俺様と付き合ってみない?」

にこにこ顔のまま投下された爆弾にクラス中がざわっとざわめいた。そしてようやく自分と目の前の男がクラス中の注目を集めていることに気づきめんどくさいなあという言葉がぼんやり思考に浮上した。

「いいよ」

簡潔にそれだけ告げた瞬間ええええええというクラス中の叫び声が教室中に響き渡る。ちょっとなんでみんな聞き耳たててんのさ。わたしのプライバシーはどこ行った。目の前の猿飛佐助はというとやっぱりひとのイイ笑みを浮かべてにこにこと笑っているだけだった。

「あ、本当?んじゃ今日一緒に帰んない?」
「わたし原付だから無理」
「俺様もバイクだから大丈夫だよー」
「いやいや原付でふたりで帰るとかないでしょ」
「えーじゃあ放課後ちょっと話そうよ」
「あー…了解、」
「んじゃねー」
「ん、」

ばいばーいと手を振って去っていく猿飛の姿を一瞥し、またそのまま腕に顔をうずめた。

さて残り3分の休み時間、貴重な睡眠を堪能しなくては。



先の見えないブストーリー

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