「落ち着いた?」

断続的な嗚咽を繰り返していた呼吸は落ち着きはじめ、きちんと息を吸って吐いてを繰り返している。斎藤さんの目は赤く腫れていて、誤魔化しがきくものじゃない。一応ハンカチを濡らして手渡したけど、効果があるかは微妙だ。

「…ごめんね」

ぽつりと落とされた呟きは、小さく震えていた。

「別に斎藤さんは悪いことしてないじゃん。謝る必要はないよ」

わたしはここにいたくているだけだから。
そう告げれば斎藤さんはこくりと頷いた。リンチ現場を目にし、ちょこっと手を加えたわたしの前で泣き出した斎藤さん。まあ可愛いおんなのこが泣いてるのに放置して去るような真似はできない。午後からの授業はオリエンテーションだけだからサボっても特に支障ないし。

「あの、ね」
「うん?」

泣きすぎて擦れた声で、斎藤さんが一生懸命口を開く。無駄に精神年齢高いから、包容力には自信がある。優しい声で、斎藤さんを促す。

「わ、たし、テニス部のマネージャー、で」
「うん」
「本当に、テニス部が好き、で、全力でサポートしたくて」
「うん」
「媚びてる、とか、色目使ってる、とか、そんなつもりなくて」
「うん」
「けど、みんなにそう言われる、から、そうなのかなって、わたし嫌な女なのかな、って」
「うん」
「だから嫌われちゃうのかな、って」
「うん」

話すうちにまた悲しくなってきたのか、ぐじゅぐじゅと鼻をすする斎藤さん。ぎゅっとハンカチを握って必死に涙を堪えている。

「一年のころはそんな、みんなにも言われなかった、のに」
「うん」
「二年の終わりくらいから、なんか無視されたり、こうやって呼び出されたり、して」
「うん」
「もうひとりのマネージャーの子にも、嫌われて」
「うん」
「わたし、なんで、こんな、ただ、みんなをサポートしたいだけなのに、なんで…!」

ぼろぼろと涙を流す斎藤さんは膝に顔をうずめて、必死に下唇を噛んで嗚咽を堪える。

(なるほどねぇ…)

膝に肘をついて、目の前の空を見上げる。なんだってこんなめんどくさいことになってるんだろうね、この学校は。わたしがクラス内で観察している限り、斎藤さんが男子に媚びてるような図は見たことないし、そんなあからさまなオーラも撒き散らしていない。どちらかといえば大人しくてひとりでいるのを好むタイプに見える。美人だけど、クラスの中心にはいない、ちょっと端の席でひとり読書に勤しむような高嶺の花的存在だ。

(なんかこれは作為的な香りがする、なあ…)

予想外にも事態はそこまで単純なものじゃないらしい。でも乗り掛かった船だし、ていうか、見てみたいんだよね。斎藤さんの笑顔。絶対可愛いと思うんだ。

「ねぇ、斎藤さん」

俯いていた斎藤さんはわたしの言葉に顔を上げ、涙が滲む瞳でわたしを見つめる。

「この件、わたしに任せてみない?」

今斎藤さんの精神状態は大分参っている。同じクラスとはいえ、ほとんど口もきいたことないわたしに胸中を吐露するほどに。まあその弱さに漬け込むって言ったら人聞きが悪いんだけど、きっと斎藤さんは、頷いてくれる。確信があった。

「いいの…?」

ほら、ビンゴ。うるうるとした瞳に優しく微笑んでみせ、濡れた目元を拭ってみせる。

「いくつか条件を守ってくれるなら、わたしが斎藤さんの笑顔を取り戻してみせるよ」

今ごろ実習を頑張ってるであろうお兄ちゃん、聞いてください。友だちの前に、救うべきヒロインができました。



224(さあまずは経験値を上げないと)



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