立海に転入して早一週間。相変わらずわたしはひとりだった。特になにをしたわけでもないんだけど、なぜか誰も寄ってこないのだ。たしかにちょこちょこ話しかけてくれる子はいるのだけど、友だちにはなれていない。自己紹介のときだって、それなりにみんなの名前やら趣味を覚えたつもりだったのだけれど、あまりに自分との共通の話題がなくて、会話をふくらませられない。三十路過ぎてまで友だちができないことに悩むなんていったいわたしはこれまで何をしてきたんだろう。でもまあしょうがないかと諦め半分でいるのも事実。果報は寝て待てってね。

デジカメ片手に校内を散策。立海は広いからいろんな景色の写真が撮れて嬉しい。ついでに敷地内の建物の配置も覚えておけるし。広いから迷うと余裕で1日潰れそう。いや本気で。
気になった風景や構図の写真を撮りながら旧校舎…海友館、だっけ。の方へ足を進めれば、校舎の影に7、8人のおんなのこの塊が見えた。バレないようにそうっと近づいてみればどうやらひとりのおんなのこを複数で取り囲んでリンチしてるみたい。手こそ出している様子は見受けられないものの、怒声の破片がここまで聞こえて来る。
まあ事情は知らないけど撮っといて損はないかなあ。
デジカメのズーム機能を駆使して全体と、取り囲んでる方のおんなのこの顔をひとりひとり撮っておいた。

あとは……とりあえずその場から少し離れてカーディガンのポケットから携帯を取り出す。小さく咳をして喉の調子を確認。うん大丈夫。携帯を耳に当てて…っと。よし、完璧。前世の高校時代に演劇部で培った演技力を発揮したりまひょか。
すうっと息を吸って口を大きく開く。

「あ、もしもしー?」

わざとらしくない、でもいつもより高めの大きな声。きっとあのこたちにもぎりぎり聞こえるくらい。

「そう、今お昼休みー。まだ授業あんの。…え?いやいやサボんないよー。…ちょっ、ひどっ!あたしゆーとーせーだからー!」

なるべくわたしっぽくなく、でもって誰か特定させないような特徴のない内容、話し方で。徐々に海友館に近づいていく。校舎の死角の切れ目はすぐそこ。声が聞こえて逃げ去ったか、それとも様子見でとどまっているか…一か八かの賭け。極力自然な感じで死角から姿を出した。視線の先には校舎の影の中ぽつりと佇むおんなのこがひとり。
…賭けは、わたしの勝ちみたいだ。
耳にあてていた携帯をぱちりと閉じて、呆然とこちらを見ているおんなのこに近づく。

「…大丈夫?斎藤さん」

ただただこちらを見つめるおんなのこは、同じクラスの斎藤佳乃さん。綺麗な黒髪のロングヘアーで、涼しげな目元が印象的な大和撫子を絵にしたような美人さんだ。綺麗な容姿をしているのに自己紹介のときもどこか控えめで、なにかに怯えているようだったから疑問に感じたのをよく覚えてる。あれは、こういうことだったのか。

「どしたの?どこか痛い?」

呆然としたままの彼女になるべく優しい声で問えば、突然糸が切れたように斎藤さんはしゃがみこんだ。

「ちょっ、斎藤さん?!」

もしかしてどこか殴られたり蹴られたりしたのかと慌てて自らもしゃがみこんで彼女の顔を覗き込む。そして、一瞬息を飲んだ。
彼女の瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれていた。

「あ、っごめんなさ…!これは、違くて、わたし、そんなつもりじゃな、くて…っ!」

慌てたように両手で涙を拭う斎藤さん。でも、涙が止まる気配は一向にない。

「斎藤さん」

ごしごしと目元を拭い続ける彼女の両腕を掴んで止めさせる。ぽろぽろと涙を溢れさせ続ける彼女の瞳をそっと見つめた。

「思う存分泣いちゃえ」

そう微笑みながら片手で斎藤さんの目元をそっと拭う。そうすれば、斎藤さんは顔を歪め声をあげ小さな子どもみたいに泣きはじめた。その頭を撫でたり背中を擦りながら、午後の授業はまるっとサボることにした。


117(泣いたもん勝ちやねん)



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