「神奈川にマイホームを買ったの!」
パパ以外の家族全員がそろった朝食の席で、ママが嬉しそうに手を合わせてびっくり発言をした。
「え?」
「すっごいじゃんママ!」
ママ手作りの米パンを無言で落とす昴にーに。口の周りを牛乳で白くしたままぽかんとする弟の彗。フォークを咥えたまま固まるわたし。それに反して大盛り上がりで手をたたき合う澪ねぇとママ。
「え、母さん。てことはまた引っ越し?」
「そうなるわねえ」
「でもこんな微妙な時期に…」
「そうね、だからお引っ越しするのは春にしましょう!」
東京で生まれて大阪に。中学に上がるときに東京に戻って来て今度は神奈川か…。引っ越しには慣れてるけど、また転入試験受けなきゃいけないのはめんどくさいなあ。なんて考えながらパプリカを咀嚼する。
「彗は大丈夫か?」
「うん!ぼくみんなとちゃんとまたね出来るよ!」
にーにが心配そうに彗に尋ねるけど、彗はにこにこと元気よく答える。まだ小学5年生なのに、よくできた子だ。
「名前も平気なのか?」
「うん、へーきだよ。昴にぃは?」
「心配ない」
折角やりたいこと見つけて山吹高に進学しないで外部の工業高校に進学したのに、本当に平気なんだろうか。優しく微笑んで頭を撫でてくれるにぃにだけど、正直心配だ。
「…残念だけど、わたしは東京に残るわ」
「え」
「おねえちゃん、一緒じゃないの…?」
突然けろりと爆弾発言をした澪ねえにわたしと彗が反応する。自然と眉尻が下がるのはしょうがないだろう。
「んもう!おチビちゃんズは可愛いわね!」
澪ねえはベビーピンクのマニキュアの塗られた白くてキレイな手でわたしと彗の頭を掻き混ぜる。
「みんなと離れるのは寂しいけど、折角やりたい仕事に就けたんだもの。わたしはわたしの道を行くわ」
優しくわたしと彗の髪を梳きながら、諭すような口調はとても穏やか。だけど澪ねぇの瞳は強い光を宿していた。
「昴、ママとチビちゃんたちのこと、頼んだわよ」
「…わかってる」
家族がばらばらになるのは、いくつになっても寂しい。でも家族とはいえ、個々の人間。それぞれ歩む道は違うのだ。いずれわたしも、家族を離れ自分の道を歩むときが来る。前世では叶えられなかった夢を叶えるために。
ほんの少しの寂しさと新しい生活への期待を胸に、春の足音を聞く。
1118(春から中学3年生)