いつまで、そんなの明確に約束できる訳ねェ。俺たちは海賊、気ままな海の旅人。その日その日を楽しく暮らせりゃそれで構わねェ。明日戦闘で死ぬかもしれねェ、次の島で海軍に捕まって処刑されるかしれねェ。海賊ってのはそういう稼業だ。悔いたことはねェ。むしろ誇りに思ってる。だが、未来の約束なんて殊勝なもんを掲げられねェ。約束は必ず果たす。だから、果たせねェ約束はハナからしねェ。
 だがいつからか、不変を望むようになった。このままずっと、家族全員で船の旅を続けられたらいいのに。誰も死なずに、このまま。それだけでも海賊失格だってのに、最近は果たせもしねェ約束をしちまいたくなる。俺の未来も、時間も、命だって、くれてやるって、言いそうになる。

 「もし俺が、俺の未来をくれてやるって言ったら、どうする?」

膝の上に抱きかかえた小さな頭に顎を乗せてそう問えば、腕の中のそれは怪訝そうに眉をしかめた気配がする。大半が寝ているであろう夜の一時。ベッドの上で身を寄せ合うことも随分と慣れたものだ。相変わらず彼女の蟲は俺の生気も吸うわけだが、お互いがくっついていればそれはただ安眠をもたらすものに変わる。

「眠いの?サッチ」
「や、真面目な話よ」

顎から離れればほんの少しだけ首を傾げた名前は相も変わらず怪訝そうな顔をしている。まあ突然そんなことを聞かれれば不思議に思うのも無理はない。わかってはいるが、尋ねずにはいられなかった。

「未来かァ…」

指先にとまった蟲を弄りながら、名前はそっと空気に融け込ませるかのように音をこぼした。普段は気にならない波の微かな音さえも聞こえてきそうなほど、静まった部屋の中。つと、顔をあげて振り向いた彼女はごくごく真面目な顔でもって「もしわたしが欲しいって言ったら、どうなるの?」と呟いた。

「いや、どうなるって言われてもだな…」
「欲しがれば、サッチは死なないの?」
「そりゃあ全力で生きるつもりだし、お前を置いて逝こうなんてこれっぽちも思ってねェけどよ、未来が視れる訳でもねェからな。約束はできねェ」
「うん、だよね。でもさ、それじゃあそれはわたしにも全く言えることだよね」
「ん?どういう意味だ?」
「サッチはわたしの未来欲しい?」
「そりゃ、欲しくねェっつったら嘘になるけどよ、」
「うん、でもわたし明日の終わりにこうやってサッチの傍にいられるか、約束できないもん。それは誰だって一緒でしょ?海賊だろうが、陸の人間だろうが、能力者だろうが、関係ないよね」

珍しいほどの饒舌具合にほんの少しだけ驚きつつ、名前の言葉に耳を傾ける。

「だから、望みこそすれ、お互い声に出して誓約を交わそうとしない。それは海賊としての誇りとか、男としての矜持とかそういうのがあるのかもしれないけど、でもそれって約束っていう形を取る必要があるのかな」

的確に胸の内をついてくる物言いに、兄弟であり、彼女の直属の隊長である男の貌が浮かび、変に鋭いところが似ちまったのかと呆れからではない溜息を吐きたくなる。こうも言い当てられてしまうと、ちっと情けない。面白くない感情が顔に出ていたのだろう、名前はクスクスと静かに笑った。

「最近気づいたんだけどね、サッチは臆病さんなんだね」

家族以外の誰かから言われたなら即刻シメるような言葉も、コイツの口から柔らかに吐き出されたそれには全く嫌な感情は湧かず、むしろ意味がわからないと目を丸くしてしまった。

「約束が欲しいんだ。確定しない未来だからこそ、お互いを縛るものが欲しい。何もかも与えて、何もかも欲しい。違う?」

だって、わたしがそうだから。へにょりと眉を下げて笑った彼女は、出会った頃のままの風貌で、しかし当時からは考えられないほどの柔らかな表情を見せてくれるようになった。そうだ、俺はコイツに何もかもくれてやりたい。そして、コイツの何もかもが欲しい。言葉にするようになった想いも、重ねる肌の温度も、熱のこもった瞳も、あどけない笑顔も、長い期間をかけてようやく手にすることが叶った今。全てを寄こせと、海賊の本能が咆哮をあげているのだ。

「名前、」
「ん?」
「欲しいんだ、このまま家族みんなで続ける冒険も、ラフテルも、お前も、お前の未来も、全部。欲しいんだ」
「欲張り」

ふふっとやわらかに微笑った彼女は膝の中で向きはそのままに、そっと俺の首に腕を回してくる。そして惚れぼれとするような笑みを浮かべて、囁く。

「サッチがいるから、もう迷わないよ。わたしの全部、あげる。約束できない未来も、想いも全部」

だからわたしの蟲ちゃんも愛してね?腕の中そう悪戯気に見上げて来る彼女はいつからこんなにイイ女になったのだろうか、これが正真正銘己のものなのかと思うと泣きそうになるくらい込み上げて来る衝動。

「、あァ、確かに受け取ったぜ。だから俺もくれてやる。俺の全部。死んだその先だってお前にくれてやる。俺の永遠をくれてやる」

呟いた声は震えなかっただろうか。そんなこと、どうでもよくなるくらい幸せをそのまま表情に詰め込んだような顔をした名前。熱くなる目頭をそのまま、膨らみがはっきりとわかるようになった愛しい女の腹を、そっと手のひらで撫ぜた。


あなたのためにわたし、
心臓をあげたのよ




fin.