ふわふわの髪、パステルカラーのスカーフ、広い背中、おひさまの香りがするコックコート、目元の傷、不思議なかたちのおひげ。
サッチを構成するたくさんのものの中で、一番大好きな大きな手。
夢みたいなものを、なんでも作っちゃう魔法の手。
その手に撫でられると、あごを撫でられたネコみたいに気持ちよくってトロンとしちゃうの。

「名前―」
「んー?」

ちょっとコーヒーでも飲もうかなと食堂に入れば、キッチンのカウンターからふわふわリーゼントのサッチがひょこっと顔を出す。
トコトコと近づけば挨拶がわりのように大きな手がぽんぽんと頭に触れた。
あたたかい、大きな手。

「新デザートのメニューをよ、新しく作ってたんだけど、食うか?」
「食う!!!」
「おーおー、イイお返事だこって」

ニヤニヤと笑いながらちっと待ってろ、とキッチンの奥に消えたサッチを待つため、カウンターに座り足をブラブラさせてみる。
甘いものは大好きだ。もちろん、おいしいものはなんでも好きだけど、甘いものは特別。どうして食べるだけであんなに幸せな気持ちになるんだろう。
今度親父様に聞いてみよう。

「へーい、お待たせしましたおじょーサマっと」
「ひゃー!!」

ピンクに黄色に黄緑に薄水色、カラフルなデザートが目の前いっぱいに並べられて、思わず口から変な声が出た。しょうがない、だっておいしそうなんだもん。

「ねぇ、食べていい?食べていい!?」
「んなガッツかねェでも取り上げたりしねーよ」

ほら、と手渡されたスプーンで、目の前にあったピンク色のムースに手を伸ばし、ぱくりと一口食べてみる。途端、口いっぱいに広がる甘酸っぱい香りとなめらかな舌触り。声にならない感激で、思わず足をばたつかせてしまう。

「おいしい!!」
「そいつァよかった」
「でも、これなに?初めて食べる味がする」
「あぁ、それはこの間寄った島の特産品のベリーだ。ちぃとクセがあるんだが、よく漉してやっとクセがなくなる代わりに香りが増すみてェでな」
「へぇ、だからムースなんだね。…こっちは?」
「そいつァ…試しに一口食ってみ?」

指差したのは色とりどりのパステルカラーが見てるだけでもウキウキしちゃいそうな丸いお菓子の山。少しざらりとした手触りのそれをひとつ口に含んで、びっくり。
ぱちぱちと口の中で爆ぜるようなかすかな刺激。それからジュワーっと濃厚な甘みが鼻を抜けるように口の中いっぱいに広がっていく。よぉく舌で堪能してから、なにこれ!?と身を乗り出してサッチに詰め寄った。

「驚いたろ?そいつァ、パッチっつぅ実の中にフルーツソースを詰め込んであンだ」
「えっ!?じゃあもともとこんな可愛い色で木に生ってるの?!」
「いや、そこは品種改良させてもらってるぜ。元は原色のオンパレードだかンな、食欲失せる」
「ほー…サッチは器用さんだねぇ」

しみじみとサッチの顔を見ながらそう呟けば、俺も楽しんで作ってっからな、好きこそものの上手なれ、と二カッと笑みを浮かべるサッチ。もう一粒口に含めば、また違う味のフルーツソースが溢れ出して、本当においしい。こんなものが作れちゃうなんて、信じられない。

「サッチ、手かして」

なんだー?と片眉を上げながらすっと差し出される両手。そっと掴んでみれば、剣胼胝がある厚い手のひらと、いくつもの火傷の痕。短く切られた爪に、私のふたまわり以上太い指。この手で、いつも家族みんなが大好きなご飯を作って、今目の前の夢のようなお菓子を作ってるんだと思うと胸がじわりと熱くなって。

「サッチの手は、家族がしあわせになれるものをなんでも作れる魔法の手だね」

少しだけ引きつった痕の残る傷痕をなぞりながら、魔法の手をそっと包むようになでる。
私の手じゃサッチの手を包むことなんてできないけど、それでもいつもこのあたたかくて大きな手にしあわせをもらっているから、それをどうしても伝えたかった。

「…ずるくない?そーいうの」
「ん?」
「ナンデモアリマセン」

ぼそっとサッチが何か呟いた声は聞き取れなくて、でもサッチは伝えなくちゃいけないことは絶対に伝えてくれるから、なんでもないならなんでもないんだ。だからサッチの隣はいつも安心していられる。

「いつもありがと、サッチ」

自然と浮かんだ満面の笑みで、サッチを見上げて、手をぎゅっと握って心からの言葉を口にすれば、一瞬瞠目したサッチはがしがしと自慢のリーゼントを掻きむしって、照れ臭そうにどういたしまして、と笑った。


レモン色のリボンで宇宙をつくる

(で?そんなファンシーなデザートがまさか本当に新メニューだなんて言わねえよな?)
(…まぁ、試作品だからな)
(誰のためか、わかりやすすぎるんだよい)




120628
To.チエ嬢
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title by.無垢