パコーンとボールが跳ね返る度に、ひしめく女の子たちの間からキャアキャアと黄色い声が上がる。勿論静かに部活見学をしている女子もいるみたいだけど、大多数は少なからずお気に入りの選手が得点を決めるたびに声が上がってる。静観する女子と普通のファンと所謂ミーハー風の女子の対比はざっと見2:5:3といったところか。深い茶色のカラーコンタクト越しに見た風景は思っていたよりかは落ち着いていた。

昨日の昼休みに女子トイレで仕入れた情報を自らの目で確かめるべく、わたしは放課後そっと特別棟一階奥のトイレで潜入捜査のための必須アイテムを鞄から取り出した。メイク道具一式と、姉から借りたウィッグの数々。大学時代演劇サークルに所属し、頂点を極めていた姉の小道具は下手なスタジオよりも揃っているだろう。その中から明るすぎない茶色のくるりと巻かれたウィッグを取り出す。トレードマークとも言える大きな黒縁眼鏡を外し、代わりに濃い茶色のコンタクトレンズを入れる。いつもよりも濃い目にアイメイクを施して最後にウィッグをセットすればあーら不思議。

「どこにでもいそうでどこにもいない女生徒Aのかんせーい」

さあ現場に向かいましょうか。


さすが全国大会連覇してるだけあって練習も選手も質が高い。オマケにレギュラーのメンバーは揃いも揃って顔が整ってるとくれば、思春期の女の子たちがきゃあきゃあ騒ぎたくなる気持ちもわかる。ふむ、と腕を組みながら、コートの端で黙々と作業に取り組むふたりの女子生徒の姿を捉える。ひとりはあの強かで、既に女性的魅力を兼ね備えている斎藤さん。学校指定のジャージに身を包み、長く美しい髪をポニーテールにして一心に使用済みのタオルとボトルを回収している。
その奥で作業をしているのは、濃い茶色の髪の毛を高い位置でツインテールにしたあまり背の大きくない華奢な女の子。彼女も彼女で黙々とボールみがきに徹している。

(ふむ、)

腕を組み、目の前で繰り広げられる練習風景を眺めるふりをしてそっとふたりの視線の先をたどる。

(…あ、)

交錯する視線の渦の中で、確実にふたつの視線が交わった。なるほどね、組んでいた腕を下ろしながらその光景を眺める。彼女の言葉から察するに入学当初からマネージャーをしているのは斎藤さん。つまり部内でもっとも近くで彼らの練習風景を見てきたのも彼女のということだろう。つまりだ、そんな彼女にはマネージャー業について打ち合わせをする必要が出てくるわけだ 。誰と?立海大付属男子テニス部の参謀、達人こと柳蓮二と。そして昨日の夜に斎藤さん自身に確かめた、柳蓮二と斎藤佳乃との関係を考慮に入れれば、必然的に彼と彼女の関わる機会というのは格段に上がるだろう。あとは単純な話だったのだ。

(恋は人を惑わせる)

スコア片手に何やら話し込んでいるふたりに一瞬だけ送られる視線の色。琥珀色の瞳が、気づかれることなく交錯した。



207(でもそんなにも浅はかだろうか)



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