新世界の海の機嫌がいいのか、珍しく穏やかで暖かな気候に差し掛かっているモビーの甲板には、たくさんのクルーが仰向けに寝そべっては日向ぼっこに興じて昼寝をしている。長男であるマルコ隊長こそ呆れた顔をしそうだが、我らの偉大なる父親エドワード・ニューゲートさえも特注サイズの椅子の上、大口を開けてがーがー寝ているのだから誰が文句を言えようか。
スヤスヤと(一部盛大なイビキが聞こえてくるが)穏やかな寝息で満ちている午後のひととき。甲板の一番陽のあたる場所にはエース隊長が大の字で寝転がっており、そこから少し船淵側にサッチ隊長も同じように両手を広げて大の字で寝ている訳だが、エース隊長とは少々違う点がひとつ。その厚く引き締まった胸筋から腹部にかけて、小さな体の少女がひとり、仰向けで眠るサッチ隊長の上にうつ伏せになってクークーと寝息を立てている。
サッチ隊長の体の半分ほどしかないその少女は隊長含め俺たちの最愛の妹な訳だが、少女、名前は何故だがサッチ隊長によく懐き、その背中をテテテと追いかけてはピトリとくっつく。サッチ隊長が左に行けば左にテトテト、サッチ隊長が右に行けば右にテトテト。とにかく許される限りはサッチ隊長の傍から着いて離れない。名前は家族になって日も浅いから、懐いた家族の傍にいて徐々に慣れていけばいいだろうと考える他の家族たちは口を出せないままサッチ隊長と楽しそうに戯れる様子を歯ぎしりしながら、時にはサッチ隊長にジトリと殺気すら含んだ視線を送りながら見守ることしかできない。しかし、サッチ隊長はそんなことで動じるタマでもなく、むしろ可愛い妹に異様に懐かれその小動物のような仕草に、とろけるチーズも真っ青なほどに頬を緩めている。家族に総じて気持ち悪いと蔑まれようとも隊長は全く気にしない。なんといっても可愛い妹が自分の傍にいるのだから。むしろ面白くて堪らないのだろう。他の家族がもどかしそうに名前を見つめるのが。
名前はサッチ隊長の傍を離れない。それはつまりほとんどの行動をサッチ隊長とともにしているということだが、例えばサッチ隊長が試しにと野菜の皮を剥かせたり皿を洗わせてみたりとしていたために今ではすっかり名前は4番隊含む調理班のアイドルと化し、その腕前も日に日に上達している。
体躯は小さいが決して幼児ではない名前は、ある島で盗賊として暮らしていたところを、縁あって白ひげに拾われた。そのためある程度の戦闘力はあるわけで、その小柄な体を活かして敵の中をサバイバルナイフを両手に素早く駆け回る。となると当然両刀使いのサッチ隊長が、ナイフの使い方や身のこなし、斬撃のかわし方や武器の手入れの仕方を教えるわけで、余計に名前はサッチ隊長から離れなくなった。
別に他の家族を遠ざけているわけではない。当然話しかけられれば答えるし、他の家族とのコミュニケーションは保っている。しかしその家族の向こう側にサッチ隊長の姿が見えれば少女はゆらゆらと体を揺らし、隊長の方へ視線を投げかけては傍に行きたそうに目を細めるのだ。それを無視できるほど、家族の神経は図太くない。名残惜しくもサッチのとこ行ってこいよと涙を堪えて口にするのが精一杯である。それもその瞬間少女は瞳を輝かせてサッチ隊長のもとへ向かうのだから、もう話しかけた家族のライフはいとも容易く底を尽く。ある意味最強だ。
しかし家族の中の一部はふたりのやり取りに癒しを見出した。海賊稼業は少なくとも男社会であり、圧倒的に女性の比率は低い。数少ない女性は強く、たくましい者が大半を占め、残りは色気たっぷりのお姉さん方という世界において、まだ可愛らしいが似合う年頃のしかも背の小さなかわいい妹が一生懸命に親鳥に着いていくかのような必死さでサッチ隊長と対峙しているのだ、そりゃ可愛いに決まっている。加えて隊長自身も名前をひどく可愛がっているためにとても穏やかな構図が生まれるのは確かである。例えば食事時にサッチ隊長の膝の上にちょこんと名前が座っていたりだとか、例えばおやつを名前の身長ではギリギリ届かないところに置かれてジャンプしているところをサッチ隊長自ら抱っこして取らせてあげたり、例えば階段でサッチ隊長の数段上に立った名前が隊長と背比べしていたりだとか、腰を屈めて名前の顔を覗き込んだその隙にサッチ隊長のリーゼントをぐしゃぐしゃにしてたりとか。それはそれは親子か恋人かなんとも難しいところだがその様子は微笑ましくもあたたかくて、癒しになるだろう。かわいらしいその光景を見て、写真に撮る者も少なくない。まあ俺もその一人だが。
今だってサッチ隊長は名前に直射日光が当たらないよう日陰に寝転がり、名前が寝返りを打って落ちてしまわぬように、片手をそっと少女の背中に添えている。穏やかな潮風に包まれながら、少女はサッチの胸に気持ち良さそうに頬ずりをする。暖かな陽光。家族の寝息。ふとマルコ隊長が毛布片手にやって来てサッチ隊長と名前の元に行くと、名前が起きないようその背中にそうっと毛布を掛ける。あたたかくなったからか、名前の頬がへにゃりと緩んだのを見守り緩く口角をあげたマルコ隊長。ふと俺の視線に気づき、しー、と口に人差し指を当てたので、りょーかい、と敬礼で返す。まあ当然あとで名前に報告するけどな。
マルコ隊長が去った後、すぐにサッチ隊長が目を覚まし、くあああ、と欠伸をした。それに合わせるかのように名前の目もうっすら開き、同じようにくあ、と欠伸をする。

「...ん?起きたのか」
「そろそろ夜の仕込みでしょ?」
「そうだけどよ、お前はまだ寝てていンだぜ?」
「サッチと一緒がいい」

名前の頭にそっと左手を添えるサッチ隊長と、隊長の胸に顎をぴったりとつけては見上げるように話す名前。

「甘えた」
「ふふ」

サッチ隊長が名前の額に口唇を落とせば、くすぐったそうに笑った名前が、仕返しとばかりに隊長の顎にキスをする。
しあわせそうにじゃれるふたりに顔面が緩んじまうのは仕様がねぇけどさ、名前を片腕で抱き上げて伸びをしてるサッチ隊長に俺が言えることは、周りでひっそり悶えてる家族の事情を二割くらいは察してやってくださいっつーことだ。


かわいいから
許してあげる



title.majyo
親愛なるゆゆ嬢に捧ぐ