「名前、まだサッチのこと嫌いなのか?」

テンガロンハットを片手でおさえながら、相変わらず海が似合う男はあっけらかんと言い放った。

「え、なんで?」
「いや、だってお前サッチにだけまだ敬語だからよ」

そうか、そうだった。サッチとエースは同類だった。ひとの感情の機微には聡いくせに、微妙な女心は一切わからない。変なところで兄弟らしく似なくてもいいと思う。

「嫌いだったらどうするの?」
「いや、別にどうもしないけどよォ…」

もごもごとあからさまに口をもにょもにょさせるのは、エースが何か言いたいときのくせ。そんな家族の小さな癖にまで気づけるようになった自分が少し誇らしい。

「言いたいことあるんでしょ、言ってよ」

エースには遠回しに言ったところで通じない。感情表現はストレートにこしたことはない、というのがこの半年で学んだことだ。
しばらくもにょもにょと口唇を尖らせたりしていたエースはテンガロンハット越しにがしがしと頭を掻いてから口を開いた。

「いや、別にお前責めたいわけじゃねえけど、…サッチが一番お前のために動いてただろ?だから、名前がサッチのこと嫌いだとしたらサッチがかわいそうだなと思っただけだ!」

俯きながらそう口にしたエースは優しい。誰も傷つけたくないから、きちんと言葉を選んでいる。それは痛みを知るエースだからこその美点だと思う。

「ありがと、エース。気にしててくれたんだね」

潮風にさらわれた前髪がふわふわと踊る。エースのきれいな黒い髪もふよふよと揺れた。

「エース、いいこと教えてあげる」

ちょいちょい、と指先で手招けば、エースが触れないように気をつけながら傍に寄ってくる。口に手を当てて、内緒話をする態勢でエースの耳元で囁いた。

「おまっ…!?えっ!?」

今にも零れ落ちるんじゃないかってくらい大きく目を見開いたエースが口に手の甲を当てて後退さる。その顔は驚愕を浮かべながらも耳まで真っ赤で。
くふふ、と思わず漏れた笑みのままエースに笑顔を向ければ、突然後ろから腕を引かれて体が傾いた。

「ちょーっとちょっと、お前ら仲良すぎなんじゃね?サッチさん焦っちゃったんだけど」

頭上から聞こえてくるのは聞き慣れたおとぼけ声。背中に当たる筋肉質な体と腹部に回る太い腕の温度はもう馴染みになってしまった。

「サッチ隊長、はなしてください」

わざと声をかたくしてまわされた腕を解きにかかるけれど、盛り上がった筋肉は伊達じゃないらしい。びくともしない。

「おいおい名前ちゅわーん?ちょーっとお口のきき方が違うんじゃないでつかー?」

腕をはずすことに奮闘していたらもう片方の手で両頬をふにふにともまれる。妙に甘ったるい声で赤ちゃん口調とか、正直殴りたい。
ぬぐぐぐと両方の手を外すことに集中していたら顔のすぐ傍にサッチの顔があった。

「なぁ、いい加減認めてもいんじゃね?…お前、俺のこと…」

びりびりと下腹が疼くような低い声で、吐息が耳殻を掠める。睫毛が震えそうな感覚に能力を発動しかけた瞬間、チャキリと金属音が聞こえて、サッチの体がビシリと音をたてて固まった。



審議の時間


9