あぁ、なんで今日に限って晴れるんだ

遠くから聞こえる鐘の音。慣れ親しんだものとは違う音色のそれは。新しい門出を迎えるふたりを祝福するかのように鳴り響く。昨日まで降り続いていた雨は、今朝になって急に止み、あんな大雨だったのが嘘みたいに、空は青く晴れ渡っていた。
じゃり、という音をたてて足元の砂は靴先を捕らえる。穏やかな風が、髪を靡かせた。

「名前」

不意に後ろから名を呼ばれ、聞き慣れたその声に後ろを振り返れば、予想通りの人物がそこに立っていた。

「なんでアンタがここにいるかな…」

煙草を銜えたまま、苦々しげに呟けば。彼は困ったように苦笑してから" お前がここにいるからだろう "と呟いた。

彼、リーバー・ウェンハムは私の同期の科学者であり、黒の教団の科学班班長でもある優秀な男である。

「違う。そーいうことを言いたいんじゃない。私が言いたいのは…」
「" 仮にも主役の人間がどうしてこんなとこにいるんだ "だろ?」

言いかけた私の言葉は、糸も容易くリーバーに奪われてしまった。その不敵な笑みは、いつになっても変わらない。

「室長たちも、もう好き勝手やってるしな。俺だって緊張してたんだ。そりゃ外の空気だって吸いたくなるだろ」

彼の述べる至極当然の理由に、軽い舌打ち交じりに紫煙を吸い込む。

「それに…」

心地よい煙で肺をいっぱいに満たして、味わうようにゆっくりと息を吐く。

「まだ名前からは言われてねぇからな」

そう言ってリーバーはまた、不敵な、それでいて憎めない笑みを浮かべる。

「誰がお前なんかに言うか。言うんだったら彼女に言うわ」

こちらも負けじと不敵な笑みを返せば。" 相変わらず俺の扱い酷ぇな "と苦笑する彼。
悪いなリーバー。私には、アンタの幸せを手放しで祝福するには、まだ心の準備が出来てないんだ。
黒の教団に入団したときには、正直、いけ好かない奴だと目の敵にしていたけど、共に時間を過ごすうちに、彼はいつの間にか私の、唯一無二の特別な存在になっていた。同期なのをいいことに、ことあるごとにリーバーの隣りに陣取って。自分が、リーバーの一番近い人間なのだと思い込んで。結局それは、ただの錯覚でしかなかったのだけれど。

「…リーバー…!」

遠くから、微かに彼の名を呼ぶ、可愛らしい声が聞こえた。

「おら。呼んでんぞ。さっさと行ってやれ」

ヒラヒラと煙草を持った手を気怠げに振れば。リーバーは照れくさそうに"おぅ"と頷いた。彼女とお揃いの真っ白なタキシードを翻して、リーバーは彼女のもとへと向かう。

「…っリーバー!!」

小さくなっていく背中に、出来る限りの声で彼の名を叫んだ。あぁ今、立ち止まった彼に、"愛している"と、"貴方と幸せになりたかった"と伝えられたなら、アンタはどんな顔するんだろうな。

「…結婚、おめでとう。彼女、幸せにしてやれよ!!」

私の声に、リーバーははにかんだような笑みを浮かべると、" 分かってる "と一言残し、また歩き始めた。

あぁ、なんで今日に限って晴れてしまったんだろう。梅雨らしく、いつもみたいに雨が降っていたなら。この狂おしいまでの感情も、雨に流して消してしまえるというのに。
なんで、今日に限って。


「あ、雨だ」


空は憎らしいほど碧く、雲はひとつもなかったけれど。それでも確かに私の視界は滲んでいて。
頬を一筋伝った、温かな雫は、神様が気まぐれで降らした、たったひと雫の、小さな小さな雨なのだ。





091114