最初で最後、見つけた居場所
温かくて優しくて
私だけの特等席
佐助の、隣り
「ごめんなさい」
昼休みの体育館裏。校内一、定番の告白スポット。そこで私は同じ学年の、2、3回しゃべったことはあるけど、名前すらよく知らない男子に頭を下げていた。
「あー…ゴメンね? やっぱ、俺のこと嫌だった?」
顔を上げると、その男子は気まずそうにポリポリと頭を掻いていて、申し訳ない気持ちになる。
「い、いえ!その、嫌とか、そういうのじゃなくて…」
私もつられて、ポリポリと頬を掻く。佐助と、同じ仕草を無意識にしていて、なんだか恥ずかしくなった。
「その…す、好きなひとが、いるので…」
「はぁああ…」
手を振って去っていく男子の背中を見送ってから、盛大に息を吐き出す。もう何度か、こういう経験はしているけど、この断ったあとの何とも言えない罪悪感は、どうにも慣れない。いや、慣れるようなもんじゃないけどさ……。気持ちを切り替えようと、胸に手を添え、深呼吸を繰り返していると、どしっという音と共に、肩に重いなにかがのしかかって来た。
「名前ちゃぁーん」
びくりと跳ねた肩の方を向けば、見慣れた、夕焼け色のさらさらとした髪の毛が視界いっぱいに広がった。
「さ、猿飛っ!」
佐助が私を後ろから抱き締めていたのだ。
「あーゆー時は『好きなひとがいるから』じゃなくて『恋人がいるから』って言えって言ったでしょーが」
拗ねたように口唇を尖がらせて、佐助は私の耳元で呟く。
「いや、だって、なんか、恥ずかしくて…っ」
きっと今の私は耳まで真っ赤なのだろう。体育館裏とはいえ、今は昼休みだ。いつひとが来てもおかしくない。こんなとこ、誰か知り合いにでも見られたら、恥ずかしさだけで死ねる。
「それにまだ猿飛って呼んでるしー佐助って呼んでっていってんじゃーん」
あの、私が幸村の計画で伊達に攫われた日。佐助が真剣に想いを伝えてくれたから今のふたりがある。初めての、しかも、ずっと好きだった佐助との『彼氏彼女』という関係に、距離を掴みあぐねたり、ぎこちなくなったり、それはそれは私は馬鹿なくらいテンパっていた。でも、佐助が、いつだって優しく接してくれて、大事にしてくれてるのがよくわかったから。だから私も、今は自然体で佐助の隣りに立てる。『相談相手』でも『友達』でもない。『恋人』として。
佐助とくっつきながら(もちろんそのあいだには放してやだ放して却下な会話が繰り広げられていたのだけど)、自分たちの教室に戻ると、幸村がとことこと近づいて来た。
「名前殿!」
「ゆきむらっ」
「うまく、やっているみたいでござるな」
「まーね」
「あったりまえじゃーん」
「佐助には申しておらん」
ちょっ、旦那ひどい!なんて嘆いている佐助をスルーしてふたりで笑い合う。あの一件のあと、幸村と佐助は、私が止めるのも構わずにお互いがお互いの頬を容赦なく思い切り殴り合った。一通り殴り合うと、ふたりともすっきりしたような顔して笑い合っていたものだから驚きだ。男は拳で語り合うものだ、なんて言葉があるけれど、もしかしたらいやもしかしなくてもそれを実践していたのかもしれない。でも理解できない見ているだけのこっちとしてはひやひやするからできるだけ殴り合いは控えて欲しい。…できるだけ。そんなこんなで幸村とは今までよりももっと仲良くなれている。佐助はちょこっと、不満そうだったけど。
「名前!」
「あ、かすが」
「大丈夫か!?こいつになんかされてないか!?」
「なにかされたら市に言ってね…? 市が名前を助けてあげる」
「大丈夫だよ、ふたりともありがと」
「……俺様泣きそう」
かすがには、私と佐助が結ばれた次の日に、私から報告をしに行った。
『馬鹿!』
『なんでひとことも言ってくれなかったんだ!』
『なんのための親友だ!』
経緯を話終えれば、それまで静かに話を聞いていたかすがが、突然声を荒げた。目にうっすらと涙を浮かべ、私を睨むかすが。けど、次の瞬間には、思い切り、抱き締められていた。
『っ私がどれだけ、心配したか…っ!』
今までにない悲痛な色を滲ませた声色。苦しいくらいに抱き締められて、自分が彼女に、どれだけ心配をかけていたのかがわかった。
『……ごめん』
そう囁くように呟いて、私はかすがの背中に手を回した。
市にも翌日に報告しに行った。説明を終えると、市はゆっくりと佐助の全身を見まわしてから、 『…名前を泣かせたら呪うから…』とぼそりと呟いていた。佐助が後で隅っこの方でぐすんぐすんと泣いていたのは言うまでもない。
そんなこんながあってかすがと市は以前よりも佐助を敵視するようになってしまったのだ。
「お、やってるねぃ」
「あ、慶次」
「よっ!なぁ名前、次の日曜なんだけど……」
「はいはーい風来坊の旦那、俺様と名前ちゃん次の日曜日デートだから」
「なっ、き、聞いてないし!」
「今決めたの」
私の肩を抱いて当然という風な顔をする佐助と、あわあわとする私。そんな私たちを見て、慶次は嬉しそうに笑っている。慶次は誰から聞いたのかわからないけど、攫われて、佐助と結ばれた日の夜に私のもとに電話をかけてくれて、おめでとうと言ってくれた。慶次はいつだって、私の背中を押してくれたから、私が一番に報告したかったのに、誰かに先を越されてしまった。
「ごめんね、慶次…」
「気にすんなって。名前の幸せが、俺の幸せなんだからさ」
にこっと満面の笑みを浮かべ、私の頭をよしよしと撫でる慶次。とんでもない殺し文句だなぁとか思いながら私も素直に嬉しくて微笑んだ。
「前田め…やるな」
「は、破廉恥でござるっ」
「お似合いね…」
「ちょっ、前田の旦那名前ちゃんから離れて!」
「なんだいなんだい、心の狭い男は嫌われるぜ?」
「たしかにそのとおりだな」
「その通りでござるぞ佐助ぇ!」
「市も、そう思う…」
「…俺様の味方がひとりもいない…」
わいわいとみんなでしゃべって、笑い合う。此所にいるみんな、私のことを想って、心配してくれたひとたちばかり。
「みんな」
こんな素敵なひとたちに囲まれて、なんて私は幸せな人間なんだろう。
「ありがと」
自然と浮かんだ微笑みをたたえ、そう告げれば、みんなも嬉しそうに微笑んで、みんなで私の頭を撫でてくれた。
「名前ちゃん」
放課後の教室。
「帰ろっか」
「うん」
佐助の部活が終わるまでひとり教室で待っていた私は、その間にいろいろなことを考えていた。
「佐助」
夕陽で赤く染まる土手沿いの道。少し先を歩く佐助を呼びとめる。不思議そうに振り返る佐助の顔も夕陽で赤く染まっている。
「ありがと」
私を好きになってくれて。私を受け止めてくれて。私にこんなにたくさんの幸せをくれて。
「それから」
他にもいっぱい、いっぱい伝えたいことがあるはずなのに、言葉が、浮かんではすぐに消えていって。うまくまとまってくれない。でも、これだけはハッキリしてる。
佐助に、一番伝えたいこと。たったひとつ、ずっと変わらない想い。
「大好き」
そう微笑めば、佐助も微笑んでくれる。ふたり、どちらともなく歩み寄って、向かい合って、手をつなぐ。見つめあって、恥ずかしくて目を逸らして。手に込められた力が強くなって。もう一度見つめあって。佐助は少し身を屈ませて。私は少し背伸びをして。ゆっくり目を閉じて。ゆっくり、本当にゆっくり、お互いの口唇を重ね合わせた。
時が止まる瞬間。すべての想いが、触れた口唇と指先から伝わればいいのに。そう本気で願った。口唇が離れて、鼻先が触れそうな距離でまた見つめあって。今度はふたりして笑い合った。今だけは、顔が赤いのは夕陽のせいにできるから。なのに、佐助は私の耳元でこう囁くんだ。
「名前ちゃん、愛してる」
好きなひとの好きなひとが自分であるという奇跡。それを当然の幸せだと思いたくない。たくさんのひとに支えられて、助けられて、今の幸せがあるということを忘れたくない。恋する痛みも悲しさも、全部が全部、幸せの糧になる。それを教えてくれたのは佐助だよ。歩んできた日々の中で、たくさんの想い出をくれたのも佐助。本当に本当にありがとう。この世界で巡り合えたことも。愛してくれたことも。
傍に、居させてくれたことも。言葉じゃ全然足りないけど。だけど、せめて言わせて。
「佐助に出会えて本当に幸せです」
心からの愛してるを君に(そしてまた私は貴方に恋をする)
100209 fin