前よりもっと好きになった。
前よりもっと遠くなった。




あれから私は佐助とよく一緒にいるようになった。かといって付き合っている訳ではない。ただ、一緒にいるだけ。周りのひとたちはさぞや不思議に思っているだろうと思う。なにせ、一緒にご飯を食べても、一緒に帰っても。何もしないから。話すら、しない。私は私で気まずくて話しかけたりなんかできないし。佐助で佐助でなに考えてるのか知らないけどなにも話しかけてこない。隣りあわせで歩いても、私と佐助の距離が縮まることはない。肩同士が触れ合うことすらない。お互いの手がぶつかることもない。それがまるで私と佐助のこころの溝を表しているみたいで。余計に悲しくなる。沈黙が不安を増幅させていくように、肩と肩の隙間が、切ない現実を如実に表す。いつしか私は、佐助の一歩後ろを歩くようになっていた。


とある日の放課後。職員室に呼び出しをくらっていた私は佐助が待つ教室へと続く廊下を歩いていた。私と佐助の関係は何も変わってない。進展もしていなければ後退もしていない。唯一変わったことといえば、私のため息の数が増えたことぐらい。本当に佐助は私をどうしたいんだろう。

「おめぇは名前をどうしたいんだよ」

2-Bの教室に入ろうとした瞬間、不意に自分の名前が聞こえてきて、思わず扉の陰に身を隠した。今まさに私が考えていたことを佐助に尋ねているのは、佐助の友人でもあり、私の友人でもある、長曾我部元親。彼もまた、同じ中学出身のノリのいい悪友だ。

「……わかんない」

盗み聞きなんてしちゃいけないと、頭ではわかっていても、今一番私を悩ませている原因を解明してくれそうなこの機会を、逃すことはできなかった。

「でも傍にいてほしいんだろ?」

元親の声に怪訝な色が含まれている。そう、確かに佐助は私に「傍に、いてよ」と言った。その言葉の真意が一体なんなのか、私はよく理解できていない。

「まぁ、ね…」

しばらくの沈黙の後、ぽつりと佐助が頷く。だったら何故こんな中途半端な関係を続けているのだろう。せめて、友達とか。でもそれは私が拒否してしまった。あのときは何もかも必死で友達なんて無理と言ってしまったけど、今思えば友達でもなんでも佐助の傍にいる口実を作ってしまえばよかったんだ。そうすれば、今こんなにつらい想いをすることもなかったし。佐助と幸村の関係をぎくしゃくさせずに済んだし、それに…幸村に、あんな顔をさせずに済んだのに。自分の浅はかな行動に今更吐き気がする。
……もう少し、器用に生きられればよかったのに。
元親しばらく腕を組み、何やら考えこんでいた様子だけど、唐突に口を開いた。

「それってよぉ、やっぱり名前のことが好きなんじゃねぇのか?」

いきなり飛び出した元親のとんでもない発言に、冗談じゃなく、頭痛と眩暈がした。そう言いたい気持ちはわからなくもないけど、その手の話は本当に心臓に悪いから、ヤメて欲しい。…それに佐助は……

「……好きじゃないよ」

ほらね。やっぱり。知ってたよ。そんなことくらい、もうとっくの昔に。もう傷つかないよ。そんなことくらいじゃ。もう佐助のせいで流す涙なんてない。知ってた。友達なんかじゃない。恋人なんかじゃない。好きなんかじゃ、ない。佐助にとっての私の存在なんて、なんの意味もなさないこと。ずっと、気付いてた。けどね、


「……わたし、バッカみたい……」


傍にいられることに浮かれて、現実から目を逸らしていた。佐助の傍にいて、何気ない仕草とか、懐かしい香りとか、相談相手だったあの頃の佐助と重ね合わせて、毎日、想いを募らせてた。前よりもっと、佐助が好きになってた。

教室から少し離れた誰もいない廊下で、ひとり、崩れ落ちる。想えば想うほど離れてく。近づけば近づくほど遠ざかっていく。なのにそれでも私は、やっぱりあなたが大好きで。




(そう想ってしまうくらいあなたが好きで、どうしようもなくなる)



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