他の誰かの隣りに立って、
笑う私を見て、
あなたは、どう思うんだろう。




「名前殿!!おはようでござる!」

幸村が、そう叫びながら教室の後ろのドアをずばんっと開けた。2-Bのクラスに、ざわめきが走る。私はクラス中の視線を痛いくらいに背中に浴びながら、ドアのところで握り拳を作って瞳をきらきらとさせている幸村の元へと向かう。

「おはよ。幸村」
「おおおおおはようでござる!」
「ぷっ…なんで顔真っ赤なのさ」
「いっ今、某の名を…!!」
「あーだって今幸村も呼んだじゃん」
「へ?」
「名前って」
「…っ!!」

こいつ、無意識だな。慌てふためく幸村の顔は真っ赤で、ちょっと、いやかなり可愛い。幸村はサッカー部のエースで、顔もいいし、運動もできるし、ちょっと純情過ぎるけど、でもそんなところも可愛いと同学年や後輩問わず、人気者。

「恋人、だからね」

そう微笑めば、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせながらも、こくりと頷く。うん、文句無しで可愛い。



幸村が放送で武田先生に呼び出せれ(すっごいうるさかった)、職員室に走って向かったのを見送り(やっぱりうるさかった)、自分の席に戻ると、前方から同じクラスの友人である市がやって来た。

「名前…あのひとと付き合ってるって…ホント…?」

眉根を下げ、不安そうに尋ねる市。本当、儚げで抱きしめたくなる。

「…うん」

少しの逡巡のあと、私はコクリと頷いた。

「やっぱり…」
「うん。黙っててごめんね?」
「ううん。いいの」
「心配してくれてありがとね」
「うん。名前…何かされたら市に言ってね…?名前のためなら…市…」
「だ、大丈夫だよ!…ありがとね」
「うん…おめでとう」

ふわりと微笑む市に癒されつつ、私は頬杖をついて窓の外へと視線をやる。……純粋に考えて、幸村のことは嫌いじゃない。逆に、いつも一生懸命で、どんなことにも真剣に取り組む姿だとか、多少ずれてるとことか、可愛いし、好感が持てる。けど……やっぱり"好き"じゃない。こうやって誰かと……慰めで付き合うっていうのは、本来あってはイケナイことだ。幸村にだって失礼だし。それでも……。


「佐助ぇ!今日の練習メニューは何でござるか!?」
「知らないってばー。大将に聞いてきなよ」

教室の後ろのドアから佐助と、やっと戻って来た幸村のふたりが入って来た。…もう諦めようって決めたはずなのに、視線はやっぱり佐助の方を向いてしまって。ぱちり。まるで引き寄せられたみたいに、佐助と私の目が合ってしまった。

「…っ」

慌てて気付かなかったふりをして目を逸らす。
……今は、誰かの優しさに、甘えていたかった。





放課後。幸村に『ここで待っていてくだされ!』と言われたベンチに座り、ぼぅっとグラウンドを眺める。幸村が雄たけびながらがシュートを決める度、こちらに向かって手をぶんぶんと振ってくる。

「可愛いなぁ…」

まるで仔犬のような幸村の様子に笑いを誘われつつ、小さく、手を振り返した。

「ナイッシュー!」

不意に耳に入った聞き慣れた声。さまざまな生徒が行き交うグラウンドで、今まではなかった一際目立つ鮮やかな夕焼け色。

(さ、すけ…)

赤い鉢巻きをなびかせながらボールをドリブルさせ、そのままゴールへと前進していく幸村。そのままでは敵チームのディフェンスにボールを取られてしまう。

「佐助ぇ!!」
「はいはい」

幸村が叫ぶと同時、幸村の左斜め後方を走っていた佐助に、ボールがパスされる。

「よっ、と」

敵チームのスライディングを華麗に躱し、鮮やかなドリブルで敵チームのゴールまでボールを繋ぎ、ゴールキーを翻弄し、幸村にパス、そして幸村がそのままシュートを決める。

「ナイッシュー旦那!」
「うむ。佐助もナイスパスでござる!」

幸村やら仲間チームとハイタッチを交わしながら笑い合う佐助。
……いつだって、佐助の視線の先にはかすががいた。そして同じように、私の視線の先には佐助がいた。けど今は、佐助は別の未来へと目を向けていて、私はあの日から全く同じ。変わってなんかいない。終わらせられてなんかいない。
やっぱり私、佐助のことが、どうしようもなく、好き、なんだ。



「名前殿…?」

不意に名を呼ばれて視線を前へと戻すと、幸村が目の前に立っていた。

「ゆき、むら……」

幸村は何も言わずに、ただ、とても辛そうな表情で、私の頬に触れた。そのとき初めて、自分が泣いていることを認識した。

「っ…ごめ…、目に、ゴミ入って…」

アハハと笑いながら慌てて涙を拭う。自分でもなんて苦しいごまかし方なんだろうって思ったけど、そんなこと考えてる余裕なんてなくて。

「……あぁ」

幸村は一度だけ頷き、私の頭に優しく手を置いて、ゆっくりと撫でてくれた。何も言わずに。ただ、ゆっくりと。
傾いてもう少しで一日の仕事を終える太陽の光に照らされるなか。幸村の大きくて優しい手に隠れ、声を押し殺して、泣いた。




(まだこんなにも、あなたのことが好きなのに)



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