知ってたよ。
あなたが本気だったってことくらい。





"猿飛佐助がかすがに告白した"

こんな噂が流れ、またたくまに学園中に広がったのは昨日のこと。もちろん、告白した佐助張本人が噂を流す訳がない。かといって、告白された側のかすがが噂を流した可能性は皆無。そんなことする子じゃないっていうのは、私が一番よく知ってる。あとは、告白しているところを見ていた人とか、佐助が事前に告白する旨を伝えていた人から噂が広がったのだろう。噂なんてものはすぐに広がり、そしてすぐにおさまるものだ。特にそれが、色恋沙汰の噂ならばなおさら。そして私も、佐助から告白するっていうのを事前に聞かされていたうちのひとり。

『俺様、明日告白するわ』

たった10文字のメール。それで、全てを理解できた。返信は、しなかった。いや、できなかったという方が正しいか。いくら相談相手を引き受けているとはいえ、私は…好きなひとが他の誰かに告白するのを素直に応援できるほど、ひとができてない。

「…かすが」

昼休み。通学途中のコンビニで買ったプリンを片手に、現代社会準備室に向かった。

「…まだあのお方は来ないぞ」

かすがは、私の姿をその大きな瞳で認識すると、少し驚いたような表情を浮かべて椅子を出してくれた。

「うん。…かすがに用事だから、大丈夫」
「そうか」

1年生のときはずっと一緒にいた私たちだったけど、2年に進級してから、クラスが別れたせいもあり、あまり、同じ時間を過ごすことはなくなっていた。それでも、私の一番の親友はかすがだし、かすがも多分、そう思ってくれてると思う。

「どうした?何かあったのか?」

かすがは、多分自分で持参しているのであろうミニポットから紅茶をコップに注いで渡してくれる。

「…あの、さ」

話そうとしている内容が内容なだけあって、自然と口が重くなる。もともと、かすがと私は所謂恋話というものをあまりしない仲なので、余計に言いづらい。…けど。

「……猿飛に告白されたって、本当?」

言わなくちゃ。言わなくちゃ私は、後ろにさがることも、立ち止まることも、前に、進むこともできない。

「……」

かすがは私の目をじっと見つめたあと、自分のぶんの紅茶を淹れながら、「…本当だ」と呟いた。

「…あいつは、いつだって私のことをからかってきたが、昨日は違かった。あいつ、本気だった。…だから私も、本気であいつの想いに応えた」
「なんで?なんで断ったの?猿飛のこと幼馴染みなんだから知ってるでしょ?アイツ見た目軽いけど、本当はイイ奴じゃん。ずっと…ずっと、かすがのこと………好き、だったんだよ……」

ひとつ、言葉を発するごとに、次から次へと、言葉が口をついて出た。色んな感情が溢れて出して来て、…また、胸が痛くなった。

「……」

かすがはしばらくの沈黙の後、紅茶をひとくち啜ると「名前は、あいつのこと好きなんだろ?」と呟いた。

「…なんで…知って…」

佐助への想い…佐助が好きなんだって気付いた日から今日という日まで。誰にも、ただの一度もこの想いを告げたことはない。もちろん、かすがにもだ。

「見てればわかる」

かすがはそう言って机の上においてあったクッキーへと手を伸ばす。「親友なんだから、当然だろ」なんて微笑みながら。そんなかすがを見ていて、ふと、ひとつの疑念が浮かんだ。

「…それが、猿飛をフった理由?」

私の真剣すぎる眼差しに、かすがはティーカップをことりと机に置いた。…もし、私の想いが理由で、かすがが佐助の告白を断ったのなら。たとえかすがでも、私は許さない。そして、かすがにそんなことをさせてしまった自分自身も、絶対に許さない。
沈黙は落ち、かすがが紅茶を啜る音だけが、現代社会準備室に小さく響いていた。

「…たしかに、名前があいつのこと好きなのは知っていた。でもそれが、断った理由じゃない」

私の真剣な瞳と、かすがの瞳とがぶつかる。嘘は、ついてない。

「好きじゃないから、断った」

かすがはそこまで告げてから、ニコリと笑った。

「私は、あのお方以外に興味はない」
「……そう、だよね」

かすがはそっと微笑む私を見て綺麗に笑う。

「ほら、行って来い」

かすがが指差したのは、窓の外。この現代社会準備室からちょうど見える、屋上。

「……うん」

私はすっかりぬるくなった紅茶を一気に飲み干して、ごちそうさまを告げてから、現代社会準備室を飛び出した。妙に静かな廊下に、昼休みの終了を告げるチャイムが寂しげに鳴り響いていた。




屋上へと続く扉を押すと、ギギッと錆びた不快音をたてて、ゆっくりと扉が開いた。
目の前、5メートル。目に悪い緑色のフェンスにもたれかかるようにして、無造作に足を投げ出し、空を見上げている佐助がいた。

「……」

私は何も言わずに扉を閉めると、そっと、佐助の横に同じように足を投げ出して座る。
膝上10cm丈のスカートが、少しだけめくれた。

「……俺様さー…」

突然佐助がぽつりと言葉をこぼす。心地のいい佐助の声が、すっとこころに馴染んでいく。

「うん」

佐助は、空から視線を外さない。だから私も、空を見上げたまま答える。

「……フられちゃった」
「……うん」

めくれたスカートを直しながら頷く。あらわになっていた膝小僧が、少し、スースーした。

「本気だったんだけどさー」
「…うん」

冷たい風が、髪をなびかせる。それをそっと人差し指ですくって、耳にかけた。

「…フられ、ちゃった…」
「……うん」

ふと、右肩に軽い重みが訪れる。佐助の夕焼け色した柔らかな長い髪が、風にさわさわとさらわれ首に触れ、少しくすぐったい。

知ってたよ。
佐助が本気だったってことくらい。

知ってたよ。
お互い長い片想いだったもん。

知ってたよ。
だって私、ずっと佐助の隣りで、佐助のこと見てたんだもん。

そのくらい……知ってるよ。

「今日さー」

投げ出していた足をたたみ、体育座りみたいに膝を抱えて座り直す。佐助が寄り掛かっている肩を、なるべく動かさないようにして。

「制服、洗うんだ」

秋風がまた、髪の毛をさらっていく。やっぱり佐助の髪が首筋にあたって、くすぐったかかった。

「だから、さ。……好きなだけ濡らしていーよ、肩」

憎たらしいほど真っ青な空を見上げ、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「ははっ…」

肩に寄り掛かっている佐助の頭が、乾いた笑い声につられるようにして、少し揺れた。


「もう、遅いよ…」


ポツリとこぼされたそんな呟きを聞きながら、静かに、目を閉じる。五限目の始まりを告げるチャイムが、酷く青々とした空に響き渡っていた。




(もう、想わないから)



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