知ってたよ。
あなたがいつもあの子を見てたこと。



「また、見てんの?」

昼休み。
人がごった返す購買で勝ち取った菓子パンと紙パックのイチゴ・オレを持って屋上へと向かう。きっと今日も、あのひとが待ってるから。いや、あのひとがいる、から。

「悪い?」

黒いヘアバンドでその長めの橙色の髪を後ろになびかせ、程よく着崩した学ランに身を包んだ彼の名は猿飛佐助。私のクラスメイトであり、そして、私の、想い人。

「ぜーんぜん」

わざとらしく首を竦め、佐助の隣りにどしっと音を立てて腰を下ろす。近づけばまた彼の新たな一面を知ることができる。たとえば、以前はどキツく香っていた香水が、今ではほんのり香る程度になっている、とか。

「本当、好きなんだね」

ちょっと変態くさい自分の思考にこころの中で苦笑をしつつ、ガサゴソと紙袋からクリームパンを取り出してあむっと大口を開けてかぶりつく。イチゴ・オレにもストローをさして、いつでも喉を潤せるようにした。

「……いいでしょ、別に」

そう呟く佐助の視線の先。現代社会準備室で上杉先生とふたりで楽しげに食事をしている、美しい少女。

かすが

学園内でも指折りの美少女で、成績も上位。部活は新体操部で、入学当初から幾つもの大会で賞を受賞している天才少女で。私の、一番の親友であり。
そして、彼の、猿飛佐助の想い人。
佐助の、かすがへの視線に気付いたのは、入学してから約一ヶ月が経ったときのことだった。気がつけば佐助がかすがを見ている。必然的に、かすがと一緒にいる私とも目が合う。

『ねぇ、好きなんでしょ』

初めて声をかけたのはその三日後のこと。

『相談、のるよ』

正直最初は、興味本位で近付いた。自分の親友のことが好きな男子。それだけでも十分興味の対象になるというのに。ましてや恋をしたことのない私には、恋愛というものを自分の身近なところで学ぶのに丁度いい機会だったんだ。まぁ……でもまさか、そんな自分がかすがを好きな張本人を好きになるなんて、思いもしなかったのだけれど。

「…名前ちゃんはいないの?…好きなひと」

クリームパンが私の胃袋の中に半分以上おさまったときだった。そう、佐助が呟いたのは。

「…何、急に」

そんなこと聞かれたのは初めてで、内心の動揺を悟られないように、震えないよう、いつも通りの声を出すのが精一杯だった。

「いや、いつも俺様ばっかり相談のってもらってるからさ。その…割に合わないっていうか……」

気まずさからか、頬をぽりぽりと掻き、視線を泳がせながら焦ったように口を開く佐助。その姿に、胸がきゅう…っと締め付けられた。
痛い。

「へぇー。猿飛でも幸村以外に気ぃ回せるんだ」

ずきんずきんと疼く胸の痛みをごまかすように吐き出した軽口。声も震えていなかったし、顔はいたって真顔のまま。うん、大丈夫。気付かれてない。

「何それどういう意味さ」
「痛っ!」

佐助はふてくされたように頬を膨らませて、私の頭を軽くこつりと小突く。大して痛くもないそんな可愛い攻撃に、私は大袈裟に頭を抱えて反応する。

「え!なに!?そんなに痛かった…?」

私の反応に、佐助は大慌てでわたふたしてる。佐助は知らない。今佐助が小突いたところから、佐助への恋ごころが広がって、私の中を侵食して、私のこころをじりじりと蝕んでいることを。

「名前ちゃん?」

きゅうぅ…ほら、まただ。名前ひとつ呼ばれただけで、こんなにも苦しくなる。悲しくなる。息が詰まって、涙がこぼれそうになる。

「…痛いよ…バカ」

ばしんと、イイ音を立てながら佐助の肩を叩く。

「痛いよ…」

痛い痛い。胸が、ぎゅうぎゅう締めつけられて。

「痛い……」


猿飛佐助が好きになったのは、私の一番の親友のかすが。
私が好きになったのは、私の一番の親友のかすがを好きになった猿飛佐助。




(どうして、好きになっちゃったんだろ)


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