闇は光を侵略し蹂躙し己の懐へと意を介さず呑み込み絶対的な力を凌駕する。玉座に座し頭蓋の杯で酒を貪る己の主はまさしく闇そのものだった。


「何故逃がした」


滴る酒を嚥下する音が響く洞に主である信長様の地を這うような声が轟く。制御されず蔓延る邪悪な空気が肢体全てに圧力をかけ指先を一寸ばかし動かすことも叶わない。


「…申し訳ありません」


頭を深く垂れただただ荒廃した地を眺め無感情な己の声がか細く鳴った。


「上総介様は理由をお尋ねなの」


艶やかな深紅と漆黒の着物を召された濃姫様が徳利の中の酒を頭蓋に注ぐ。眼球の大きな二穴からぼだぼだと垂れる酒が荒れた地に落ち歪な染みを生む。


「…手酷く傷を負わせました故、もう二度と尾張の地に足を踏み入れることは御座いませぬ」


凄まじい重圧に身体が酷く怠い。微動だにせぬ己に濃姫様の鋭い視線が突き刺さる。


「理由を問うていると、言ったはずだけれど」


沈黙は沈黙を孕み焦燥は殺意を産む。月は雲に身を隠し蝋燭の仄かな明かりがじりじりと暗闇を統べた。


「のぉ、鴉」


がちゃりと、信長様の甲冑が音を立て重圧の増した空気を震わせる。瞬間、頭上から降って来た酒が垂れた髪を濡らしより深い闇色へと変色させた。頬を伝う液体もそのままに不意に腹部を襲った凄まじい衝撃と遅れて聞こえた鈍い打音。


「余は侵入者全てを滅せと命じた筈よ」


倒れたところを容赦なく踏み躙られみしみしと骨が軋む音を聞いた。絶対をも凌駕する力が己を蹂躙し口の中に滲む鉄の味が妙に舌に馴染む。何の感情も込めず尚も己の身体を踏み躙る主を瞳だけを動かし見遣れば存外あっさりと信長様は己の上から足を退けた。


「…次は、ない」


深紅の布地を翻し玉座へと戻るその背中に深く頭を垂れ御意、と僅かに空気を震わせ黒い霧を残し闇へと身を投じた。




100718

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