長月から神無月へと暦は変わり、夜も大分更けたこの時間の公園というのはなかなかに冷える。
俺は家を出る時に羽織って来たデカめのジャケットの襟首をそっとたてて、こぼれた吐息がうっすら白くなる様をぼぅっとみつめていた。

「…きっとあのひとたちはもう私のことなんか見てないんだよ」

そっと言葉をこぼす名前は、すべり台の傾斜に足を投げ出して座っている。
俺はその後ろに立って錆び付きピンク色の塗装がかなり禿げた手すりに肘をあずけていた。

「……うん」

手には近くの自動販売機で買ったホットの缶珈琲。人気のない公園には俺と名前の声、それから外燈に群がる虫の羽音だけしか聞こえない。

「もう…昔みたいにはなれないんだ…きっと…」

ぐしぐしと鼻にかかった涙声で、カーディガンの裾をぐいぐいと引っ張り、目尻に溜まった涙を拭う名前。その背中が、やけに小さくみえる。あったかいスチール缶に入った紅茶を持つ名前の小さくて白い右手が、微かに震えていた。

「…私の命はふたりの愛の証、そこにはひとつだって嘘はないでしょ?でもふたりの間にもう愛がないというなら私の命は、すべて、嘘に変わっちゃうんだよ…」

ぽつりぽつり言葉を紡ぐ度、ぽろりぽろりと涙を流す君。その体に刻まれているいくつもの蒼痣や擦り傷が、紛れもない彼女の肉親である父親から受けたものなのだと初めて俺に語ってくれたあの時の彼女の儚げな顔が脳裏を掠める。かたかたと小刻みに震える体を自分自身で抱き締めて、小さく小さくうずくまる名前。本当にか細い、今にも掻き消えそうな掠れた小さな声が、わずかに空気を震わす。

「…ねぇ…時に、嘘をつかせないでよ…」

ことり。缶珈琲を足元に置き、夜空を見上げる。薄雲の切れ間から、中途半端に欠けた月と、燦然と輝く星たちが見えた。

「佐助…?」
「ねぇ、名前、もし名前の命が嘘だっていうなら……その嘘を、俺様の隣りで生涯吐き通してみない?」

後ろから。ぎゅうっと包み込むように抱き締めて。夜風にあてられてすっかり冷たくなってしまった名前の小さな手を握り締める。出会ったころよりも随分細くなってしまった体は鬼の旦那みたいに大柄ではない俺の腕の中にも、すっぽりおさまってしまうほどだ。空を見上げればまだ月がこちらを覗いてて。名前を抱き締める腕の力を強くして、唄うように口を開いた。

「ずっとずっと一緒にいてさ、50歳になっても同じベッドで寝るの。そんで皺とか白髪の数喧嘩してさ、おじいちゃんとおばあちゃんになってもラブラブのプリクラ撮んの。ずぅっと下の名前で呼びあっていつでもどこでも手ぇ繋いで、そしたら血も繋がっちゃって一生離れなくなったりしてさ。それからふたりでいろんなとこ行って、いろんなもの見ていろんなもの食べて…ふたりで同じ幸せを共有するんだよ」

紡いでいく言葉は、ひとつ残らず名前の胸に。たしかに、刻み込まれていく。

「たとえ今までの時が全部嘘に変わったとしてもさ、俺様と過ごすこれからの時まで嘘にはならないだろ?だからさ、名前」

とろけるように優しく、甘く。精一杯の愛しさを込めて。

「俺様の精一杯のプロポーズ、受け取ってくれる?」

ぐすんぐすんと鼻を啜り、ポロポロと涙を流しながら、うん、…うんっ…!と何度も何度も頷く名前。そんな名前の体をまたぎゅうっと強く抱き締めて、いつもより幾分近い夜空を見上げ、そっと、瞳を閉じた。



(君の命が嘘に変わるとき)
(僕らの愛は真実になる)


song.RA/DWIMPS

091114