いくら言葉を重ねても、
いくら好きだと囁いても、
触れることは許されない。
好きになって、もらえない。




俺だっていつでもセンパイと一緒にいるわけじゃない。学年が違うから、授業中はもちろん、休み時間や昼休みもなかなか会いに行けない。

そんな、いつもと変わらぬ昼下がり。

校内放送で担任に呼び出され職員室に向かうと、視界の隅、片倉とセンパイの姿をとらえた。
目の前の担任のそろそろ進路を決めたらどーたらこーたら、お前はやればできるヤツなんだからうんたらかんたら、そんなどうでもいい話は右から左へ聞き流し、ずっと、片倉とセンパイを見ていた。
片倉と話している時のセンパイは、ほんのり頬を赤らめ、あんまり表情に出さないように気をつけていながらも、嬉しそうに笑っている。
片倉の表情も、満更じゃない。
ぎりっ…無意識のうちに奥歯を強く噛み締め、握った拳に更に力を込める。
血が通わなくなった真白い拳が、微かに震えているのがわかった。
それを目敏く見つけた担任に、聞いているのか猿飛と詰め寄られ、結局昼休み終了直前までくだらない話は長引いた。

ようやく担任から解放され、職員室から出る。とっくの昔にセンパイは職員室を後にしていて、思い切り顔をしかめて舌打ちをした。


「随分と荒れてやがるな」


不意に廊下に響いた低い声に、思わず身構えたまま振り返れば。


「…右目の、旦那…」
「次はてめぇのクラスの授業なんだよ。手伝え」


片倉が抱えていたクラス全員分のノートをどしりと渡された。もくもくと階段を昇り、
片倉の数歩後ろを歩く。
言葉はない。
話すことなんて、なにも。


「イイ女だよな、あいつ」


不意にぽつりと片倉が漏らした言葉に、一気に頭に血がのぼるのがわかった。
片倉の言った"あいつ"が誰を指しているかなんて、そんなの分かりきっていることだ。


「だったらなんで何も応えてやらねぇんだよ!!」


腕に重くのしかかっていたノートがバラバラと床に落ちていく。
そんなの構わずに、ただ声を荒げる。


「センパイの気持ち、わかってんだろ!?」


人気のない廊下にきんきんと響き反響する俺の声。

片倉は何も言わずに廊下に散乱したノートを拾いあげはじめる。
はあはあと肩で息をする俺は、足元の片倉を睨み付けたまま。
散らばったノート全てを無言で拾いあげた片倉がまた俺にそれを持たせ。



「焦ってんのか?」



興味なさげに告げられたその一言に愕然とする。
絶対的に敵わない余裕。
自分に対する自信。
センパイの想いが揺らがないことに対する確信。
右目の旦那の前では、俺はただのガキだった。




「……なんなんだよ」















そうだ。
結局のところ、
一番ガキだったのは、この俺だ。




100323