「センパイ」


鐘が鳴る鳴る。
遠くから聞こえてくる七つの子が反響して、あちこちに設置されているスピーカーからすこしずつズレて、見事なまでの不協和音を響かせていた。
イイ子は早く帰りましょう。
そうじゃないと怖いお化けに食べられてしまうよ。
幼いころ母がそう言って悪戯に微笑んでいたのを、不意に思いだした。
俺の呼びかけに、くるり振り返った彼女は夕暮れに照らされ、普段は艶やかな黒い髪が、俺とおそろい。
やわらかな橙色に染まって見えた。


「佐助…どうしたの?」
「センパイのこと、探してたの」


そう告げれば、彼女は困ったような笑みを浮かべる。
放課後の図書室。
テスト前でもないこの時期に、この部屋を利用する生徒は、センパイ以外いない。


「なにか、用でもあったの?」
「用がなくちゃ探しちゃ駄目?」
「……どうだろうね」
「センパイに逢いたかったから」


学年、違うんだからさ、会いに行かないと、会えないから。
呟いた言葉にセンパイは悲しそうな顔をする。
その顔は、俺のためのもの。


「佐助、わたしは……」
「わかってる」


だから、それ以上言わないで。
強い光を宿した瞳を向ければ、センパイはぎゅっと自身の胸の前で拳を握る。
傷ついたように寄せられた眉根が痛々しい。
もっと、もっと悲しんで。
そうして俺をセンパイの瞳に映して。


「ねぇ、センパイ」


窓の向こう、センパイが見ていた先を睨みつける。
向かい校舎2階。
数学準備室、ひとりパソコンに向かう片倉センセイの姿が見える。


「センパイが誰を好きでも」


放課後の図書室。
毎日のように彼女がここに来る理由。
窓から見える、数学担当片倉教諭。




「俺は、名前センパイが好きだよ」




たとえそれが、センパイのことを傷つけることになっても。



恋と呼ぶには幼すぎる感情










不毛な感情だとわかっていてもそれを止めることはできないいやきっと俺様は止める気もないんだろうけどだからこれを恋とは呼ばない恋と呼ぶには幼すぎる感情だったんだ。

100213