付き合うって、そう簡単なことじゃないと思う。わたしは、告白されたから付き合うとか、今フリーだから別に好きじゃないひととでも付き合えるとか、そんな器用な人間じゃない。だから合コンとか、そういういかにもなところに行く、がつがつした女には死んでもなりたくなかったのに。

「「「かんぱーい!」」」

居酒屋のお座敷に机を挟んで男女が6人ずつ座っているこの空間は、どうみたって合コン以外の何物でもないじゃないか。

「ちょっと…ッ!」

隣に座ってビールを呷っていた同じサークルの裕子の服をつかんで声を殺して訴える。

「わたしただの飲み会って聞いて来たんだけど…!」
「なあに言ってんの、ただの飲み会よー?合コンという名の」

つまみのキムチを口に放り込みながらしらじらと口を開く裕子に軽く殺意が込み上げる。

「いーじゃないたまには。アンタ合コンだって言うと絶対来ないんだもの」
「そういうの嫌いなの!」
「そんなんじゃ彼氏出来ないわよー」
「別にいらないもん」
「わー健全な女子大生の言葉だとは思えないわね」

ジョッキを傾けながら適当に返され、真面目に取り合ってもらえないと悟った。はあとひとつ溜め息を吐いて、自分のジョッキを呷る。さすがにこの場でひとり帰れるほど、わたしは肝が据わってない。

「まーまー、そんな眉間に皺寄せなさんな。あんたラッキーよ?なんてったって今日はあの婆裟大が相手だしね」

そう言ってちらりと向かいに座る男性陣に視線を送る裕子。婆裟大とは、ここら辺で一番頭が良くてしかも美形が多いと噂のとても競争率が高い大学。たしかに、向かいに座る男はみんな噂に違わぬイケメン揃いだけど、そんなの関係ない。合コンに来てる時点でみんなチャラくて軽い男に決まってる。飲むだけ飲んでさっさとおいとましようとまだ半分以上残っているジョッキを傾けた。

「Hey、」

みんなそれぞれ勝手に自己紹介したり雑談したりで盛り上がっているのを横目に、枝豆に手を伸ばす。と、枝豆をのせた皿が手元からするすると離れていく。見れば向かいに座った黒髪眼帯のイケメンが、皿をわたしから遠ざけていた。

「What's your name?」
「…はあ?」

目が合ったと思えば、男はニヤニヤといやらしい笑みを隠しもせずに流暢な英語を口にした。

「アンタの名前」
「……名前」

枝豆を口に放り込みながら短く問うてくる男に、警戒心丸出しで無愛想に返すけど、男は小さくオーケー覚えた、なんて言って笑ってる。

「こういう集まりは苦手なのか」
「苦手じゃなくて嫌いなの」
「Ha、随分はっきり言うじゃねぇか」
「曖昧な態度は誤解を生みかねないので」
「Hum…いいな、アンタみてえな女」

落とし甲斐がある、なんていいながらグラスを傾ける男。
こいつ、絶対手慣れてる…!女を玩具としか思ってないのが全身から滲み出てるもの。けっ!と心中唾を吐き捨ててチューハイを口にする。と、男が口を開いた。

「まさむね」
「…は?」
「My name」

政宗、と男は繰り返すけど、別に覚えるつもりもないので、そう、とだけそっけなく返す。
すると突然、男はくつくつと喉を低く震わせて笑いはじめた。理由のわからないその行動に、怪訝さを隠しもせずに男を睨めば、ソーリーとやたら発音のいい謝罪が返って来た。

「アンタがあまりにもわかりやすかったんでな」
「…どういう意味」
「そのまんまだ。アンタの理想、誠実で優しくて一途で周りから信頼されてて、こんな合コンなんか来ない奴」

だろ?そう馬鹿にしたように男はわたしに問う。その態度もムカつくけど、なによりムカつくのはたしかに男の言ったことが寸分違わず当たっていたことだ。

「だったら、なに」

今度は正真正銘その鋭い隻眼を睨み付けながら強い口調で返す。しかし男はそんなわたしの視線など屁でもないようで、余裕の態度を崩さない。

「別に?なんでもねえよ。…ただ、アンタみたいなのは外面だけいいカスみたいな男に騙されていいように弄ばれるんだろうと思ってよ」

どこまでも馬鹿にしたような口調で告げられた言葉は、わたしの堪忍袋の緒に鋏を押しあてるには十分なもので。

「つーか…合コンに来る奴はお断りって、今ここにいるアンタも十分同類だろ」

ぶつり、鋏の刃が重なった。
ゆらりと立ちあがり、まだ少し残っていたグラスの中身を目の前の男にぶちまけた。

「わたしだってこんな所、来たくて来た訳じゃないわよ!特にアンタみたいな奴が来るってわかってたら、死んでも来なかったわ!!」

言いたいことだけぶちまけて、鞄をひっつかむ。周りからのぽかーんとした視線を振り切って裕子に二千円だけ押しつけて店を後にした。








肩をいからせ大股歩きで夜の繁華街を横切る。ふつふつと沸き上がる怒りは胸に沈殿していき、生ぬるい夜風は苛々を鎮めるどころか逆に神経を逆撫でるだけ。心底胸糞悪いと心中ぶつぶつと毒づきながら夜道を歩く。
ようやく気分が落ち着いたのは、居酒屋と最寄り駅の丁度中間くらいの繁華街を歩いているときだった。
頭を支配していた怒りが治まると途端に湧き上がるのは後悔と罪悪感。心中を表すように自然と歩幅は狭まり、顔はうつむきはじめる。あの時は頭に血が昇ってそれどころじゃなかったけど、よくよく考えればあそこまで怒ることじゃなかったのかもしれない。アイツが悪いのは確実だけど、焼酎ぶっかけることなかったかも。ほとんど氷だけだったけど。図星を差されたからって、少し嫌味なこと言われたからって、自分の感情を押さえ切れず爆発させてしまう。こういうところが誰にも好きになってもらえない要因なんだと思うと、自然と溜め息がこぼれた。

「名前、」

不意に名を呼ばれ、振り返ればさっきわたしが焼酎をぶちまけた相手が立っていた。

「アンタ、なんで…」
「誰かさんに焼酎ぶっかけられて興が醒めたんでね、帰ることにしたんだよ」

わざとらしいその言い方に再びイライラとわたしの怒りゲージが溜まっていく。やっぱり焼酎ぶっかけて正解。一瞬でも悪いことしたと思ったわたしの馬鹿。お人好し。
男が次に口を開く前に踵を返し、大股で歩きだす。けれど男は悠然とわたしの隣りを歩き始めた。足の長さの違いをまざまざと見せ付けられて、またイライラが溜まる。

「アンタといると嫌な感情しか浮かばないから離れてくれる?」
「Ha!そんなの俺の知ったことじゃねえよ」

いくら一生懸命歩いたって男が後ろに下がる気配はないし、どうせ行き先は駅まで一緒だろうしと妥協して告げた言葉は一蹴された。やっぱりムカつく。イライラを原動力にひたすら前だけ見据えて足を進めていれば、ぽつりと小さな謝罪が鼓膜を震わせた。

「…は?」
「だから、…悪かった」
「…別に謝んなくていいわよ。アンタが謝ったら、わたしも謝らなくちゃいけなくなるじゃない。わたし、アンタには謝りたくないの」

そう一息に告げれば、男はぽかんとした表情を浮かべ、それから可笑しそうに笑い声をあげはじめた。

「本ッ当可愛くねー女!」
「うるっさいわね、アンタに関係ないでしょ」

口を開けば憎まれ口しか叩けないわたしは可愛くない。そんなの自分が一番よくわかってる。ずきりと痛んだ心は、消えない弱虫なままのわたしだ。

「アンタ、今日騙されて参加したクチだろ?」
「…だったらなに」
「なら端から拒否らねえでわかれよ。男側にだってお前みたいに騙されて来た奴だっているかもしれねえだろ」

その言葉に、進めていた足が止まった。コイツの言う通りだと思ったからだ。そりゃそういう境遇の男が圧倒的に少なかったとしても、最初から関わろうともしないのは、違ったのかもしれない。自分の至らなさを指摘され、気まずさに視線を泳がせる。

「…なによ、アンタがそうだとでも言いたいの」
「Yeah」

口にした言葉に深い意味はなかった。悔しくて、また可愛げのないことを言ってしまっただけ。それなのに男はわたしの言葉にあっさりと頷いた。

「う、嘘!」
「嘘じゃねーよ」
「じゃ、じゃあアンタも騙されたって?!」
「ああ、ただの飲み会って聞いてた」

嘘を吐いてる風でもなく、男はただまっすぐにわたしに言葉を返す。だけど、とてもじゃないけど信じられなかった。

「口説いたくせに!」
「What?」
「わたしのこと、口説いたくせに!!」

男は怪訝な顔で首をかしげ、それからああ、あれかなんて小さく呟いた。

「そりゃあ、アンタが気に入ったからだろ」
「ほら、やっぱり軽いじゃない!」
「なんでだよ」
「会ってすぐのろくに話もしてない相手を口説くなんて!」

声を荒げるわたしに男は呆れたようにあのなあ、と口を開いた。

「人間そんな理性的に創られちゃいねーよ」

そう言ってするりとわたしの髪を一房絡めとる男。うそ、いつのまにこんな近くに…。予想外の至近距離に、ぼっと頬が熱くなる。そんなわたしを酷く甘い瞳で見つめ、男は信じられないくらい色っぽい笑みを浮かべた。

「一目惚れって本当にあるんだぜ?」

なあ、信じろよ。
耳元で響く、低くて甘い声。
ぞわぞわと背中を駆け巡る痺れの正体を、わたしは知らない。体験したことのない衝撃に耐えられなくなったのか、わたしの意志とは関係なく、カクリと膝が折れた。

「おっと」

地に膝をつける前に、男のしなやかな腕がわたしの体を引き寄せて支える。力が入らない体は、男を突き飛ばすことも、回された腕を振り払うこともできない。


「なあ、落ちちまえよ」


恐ろしいほど甘さを孕んだ吐息を吹きこみながら、男はわたしの耳元に口唇を寄せて囁く。
その自信に満ちた隻眼に射抜かれ、わたしの心が、からんと音を立てた。


あ、落ちた





まさむね は えろす を はつどう した
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