「ごめん……」

ぎゅうぎゅうと抱き締められお互いの距離が0になってなお、政宗は私を強く強く掻き抱き、耳元で熱っぽく吐息を吐き出す。痛切な響きを持つそのひとことを、私は一体あと何回聞けばこの男から開放されるのだろうか。

「……もういいよ、」

別段抵抗もせず無感情にただそれだけを告げれば、背骨が軋んで悲鳴をあげるくらい強く抱き締められる。

「ごめん、ごめん…もう、絶対しねぇから…」

一体この台詞を聞くのは何回目だろうか、きっと片手じゃ足りない、もう数えるのも億劫になるほど、私はこの止まらない悪循環の波に呑まれていた。

「もういいってば、」

そう告げれば帰って来るのは痛々しい謝罪の言葉ばかりで。

(…これで一体何度目の裏切りだろうか)

帰って来て見知らぬ女の靴があるなんてもう慣れっこで。バイトから帰宅すれば知らない女と政宗がひとつベッドの中裸で抱き合っていたりとかして。

「ごめんな名前…」

一体それは何に対しての謝罪なのだろうか。浮気したこと?裏切ったこと?また私のベッドシーツをぐちゃぐちゃにしたこと?頭の中が麻痺したみたいにぼんやりとしている。

「もういいよ政宗、」

きっと私はとうの昔に壊れているのだろう。もう何も、感じなくなってしまったんだもの。

「ごめん…もう絶対、絶対しねえから…」

さっき出て行った女にはたかれた頬の引っ掻き傷がじんじんと痛む。

(ああそうだ)

私を抱きしめ小刻みに震える政宗の背中に腕を伸ばせば、拘束を緩ませる細くたくましい両腕。

「大丈夫よ、政宗。もう気にしてないから」
「名前…」

にこりと微笑めば政宗は今にも泣き出しそうな顔で私をまたきつく掻き抱く。

( 壊れてる、 )

私の後頭部をおさえ、今にも窒息死させるんじゃないかってくらいきつく抱きしめる政宗。

「ごめんな名前…、ごめん……」

知っているのだ。そう悲痛な響きを持って私の耳元で囁く政宗のその口元が、歪に持ち上がっていることを。



喪失予行演習
( 壊れてるのは、お互い様だ )


100820