「ユキ、」

鬱蒼と茂る木々の隙間から差す陽の光が眩しい。朝からずっと止まることのなかった足を止め、背中に背負った木箱を背負い直した。そっと吐き出した声は案外確りとした響きをもって少し前を往く白狼の歩みを止めさせる。

「奥州まで、あとどれくらいかな?」
「そう案ずるな。三日もすれば城下に出る」

低く唸る地響きともとれるような声が白い狼の口から吐き出される。この白狼は、獣の呻き声のような音を持って人の言葉を紡ぐ。別段珍しいことでもない。大きな力を持った妖は大抵、人の言葉を話す。

「三日かあ…」
「どうした」
「や、なんでもない」

頭の中で夜の帳にぽかりと浮かぶ月の姿を描いた。新月まであと五日ばかり。果たして間にあうのだろうか。足を止めたままぼんやりと宙を見つめている私をユキが怪訝そうに眼を細めて窺う。ざわり、森が啼いた気がした。

「じゃ、いこっか」

薄く笑みを浮かべ、網代笠を目深にかぶり直す。錫杖を杖がわりに傍らのユキを抜かし歩み始めれば、唸るような声と共に名前、と名を呼ばれた。

「どったの?」
「…己と主(ぬし)は血濡れた運命を共にする仲。隠し事をするなとは言わん…が、ひとりで抱え込まれるのは好かん」

それだけ告げるとユキはさっさと私を抜かし、再び道なき獣道を進む。

「さんきゅー、ユキ」

足音ひとつ立てることなく前を往くその後ろ姿にぽつりと告げ、再び歩を進める。しゃらんと、遊環が涼しげな音を立てる。
どこか遠くで鳶が鳴いた気がした。






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